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今回は米国のゼネラル・パーパス・マシンガン(多目的機関銃)M60を。

m60/01

[概要]
M60は米国で1957年に制式化された機関銃だ。
鋼板プレスで多くの部品が作られ、金属リンク(M13)で7.62mmNATO
(.308)弾をベルト状につなげて弾帯とし、給弾する。
ターンボルトガスオペレーション(発射ガス利用で回転閉鎖式の尾栓を
開放する)構造、バレル(銃身)はレバー操作のみで外せ、容易に交換
可能となっている。
標準型はバイポッド(二脚)を持ち、一名で携行,運用できる。
車載用では専用の銃架にマウントされ、またトライポッド(三脚)を
付けて、据え置きとして使用される。

このM60の開発について、今回いくつかの記事を調べてみたところ、
かなり違いがあり、情報が錯綜している状態ではないかと思われる。
そこで今回はここから生じる疑問点を考えることをメインにまとめて
みた。

[1/1]
それでは今回の実物大トイガンを。
トップが作っていた(現在は廃版)もので、本体上部のフィードカバーを
開け、そこにBB弾を装填する電動エアーガンである。
m60/03
これはデラックス版で、フラッシュハイダー(銃口に付ける消炎器)が
鉄製の切削部品、リアサイト(照尺)が可変、バイポッド(二脚)高さも
可変になっている。

m60/13
トリガー(引き金)とその後方のセフティレバー(安全装置)は実物同様
の機能をもっている。

電動ガンなので、チャージング(装填)ハンドルなどは操作できるが
ダミー、フォアアーム(先台)に充電式の電池を入れて使用する。

また、リアサイトの前に実物には無いホップ調整ツマミが露出しているが、
これは分解なしに操作できるよう配慮し、敢えて変更しているようだ。

m60/12
トップのM60で、リアサイト、キャリング(携行)ハンドル、バレルロッキングレバーの配置を。

[1/6]
今回の画像比較は主に(高価かつ制作されているモデルが少ないので)
1/6で行った。
そのため、実は主役ともいえる1/6モデルだが、いつものように単品
入手で出処は定かでない。
柔軟性のある素材で作られた弾帯が付属し、バイポッド,リアサイト,
キャリングハンドル,フィードカバー,チャージングハンドルなどが
可動する。

一応ドラゴンではないか、と推定しているのだが。
m60/04

[開発の経緯]
WWⅡ(第二次世界大戦)中の1943年から、米軍用新マシンガンの開発は
始められ、入手した独のMG34をテストしている。

当時、米軍は布製ベルト給弾式のM1917,M1919を使っていた。しかし、
水冷式のM1917は現地で水の確保も必要であり、重く、機動性に劣る。
これを空冷式に改良したM1919でも、やはりまだ個人で携行,運用する
のは難しいため、箱型弾倉を持つBAR(ブローニングオートマチック
ライフル M1918)で補っていた。

BARは個人携行できるが、交換式とはいえ装弾数が20発と少なく、
継続的に火力支援を行うことは難しい。

m60/05
1/6で、WWⅡ期のマシンガンとM60。
M1917はトライポッド,水タンク付き。
画像のM1919は本体のみだが、バイポッドやトライポッドを付けて使用する。


これらの機関銃を統合し、独のMGシリーズのように、軽く多くの弾が撃て、
個人携行から車載まで多目的に使用できるものが求められていた。

しかしMG34は生産性,耐久性に劣ると米軍は判断した。独ももちろん
MG34の欠点を認識しており、改良型のMG42を開発している。

m60/06
これも1/6で、MG42(左)とM60(右)。
どちらもバイポッドを開いているが、MG42がバレルジャケットについている
のに対し、M60はバレルに直接付いている。
また、どちらも金属リンクを用いた弾帯を使用するが、MG42はドラム状のボックス、
M60はMk43(後述)に付属してきた紙製ボックス+布ケースに収納したものを付けた。


m60/10
左からMG42、M60、M1919で、フィードカバーを開いた状態の比較。
M1917,M1919も、布製の弾帯を使うがフィードカバーを空けて弾帯を取り付け、
射撃準備となる。


MG42が手に入ると、そのプレス加工を多用した生産方法、ベルト給弾
システムを利用する方向で開発方針が決まり、まず当時米軍制式の
30-06弾に改めただけのMG42を検討、乗用車メーカーのゼネラル・
モータース社に改造を依頼したが、予定より遅れ、結局USアーミー
オードナンスで組み立ててアバディーンで試験したという。(月刊Gun)

M60/09
また1/6だが、M60(左)とM3A1グリースガン。
M3A1はWWⅡにゼネラル・モータースで開発された、プレス鋼製のサブマシンガン。


この時期は1943年末、改造MG42は、T24と名付けられ、ヒトラーの
電気鋸と呼ばれたMG42の高速な発射サイクルは600発/分まで
落とされたという。

この試験結果については諸説あるが、戦争終結までとりあえず新型
マシンガンの開発はストップし、戦後これも独のFG42のガス
オペレーション機構を取り込みT44という試作品を作る。

m60/07
更にこれも1/6で、M60(左)とFG42。
給弾方式とバイポッドの取り付け位置が違うが、バイポッド,フォアアーム,
独立したグリップの配置はMG42よりM60に近い。


FG42の機構は米国のルイス機関銃から採られた、とも言われ、つまり
相互にコピーしあって改良が進んでいたようである。

その後、ブリッジ・ツール&ダイ社のT52,T52E1と試作が続くが、
次のゼネラル・モータース・インランド・ディビジョン社のT-161計画に
統合され、1957年、新たに制定された.308弾仕様とした試作銃T161E3が
M60として採用され、民間のサコー社で大量生産されたという
(オールカラー軍用銃辞典)。

同年、米軍は主力ライフルもM1ガーランドからM14に変えており、
.308弾で統一が図られている。

m60/08
後方が1/1の弾帯、ダミーの.308弾(2発)、そしてM13金属リンク。
他は1/6で、左端がMG42用のドラム、手前の2つがM1917,M1919用の布製弾帯、
中央の緑色の布製はMk43用の弾薬箱にM60用の弾帯を入れたもの、
その右にあるものがMk43用で付属してきたメタルリンクが別体で可動する
精密な金属製弾帯、
右の黒い箱はMk43用、緑の箱はM1917用(30-06)の弾薬箱。


[開発元はどこか]
さて、疑問の一つだが、制定までにどこが開発を行ったか、各情報で
かなり異なるのだ。まず各説をそれぞれまとめてみた。

月刊Gun〈1978年12月号 国際出版〉によれば1943年からU.S.ARMY 
ORDNANCE CORPS(米陸軍武器科)が独のMG34を米軍用新機関銃開発
の手がかりとしてテストしたことになっている。
この記事を書いたのはタークタカノ氏で、参考資料として
Small Arms of the World Smith&Smith

Guide to United States Machineguns 
by Konrad F.Schreier.Jrと記されている。

またオールカラー軍用銃辞典(改訂版)〈2007年 床井雅美著 
並木書房〉では更に踏み込んで
「開発の中心になったのは、スプリングフィールド造兵廠だ。」
(武器科の工場部門)とされている。
上述のようにブリッジ・ツール&ダイ社、ゼネラル・モータース社の
試作について言及され、制定後も、「初めスプリングフィールド造兵廠で
限定的に生産された後、民間のSAKO(サコ)社で総数約22万5000挺が
生産された。」としている。

対してウィキペディア日本版では、「設計・製造 サコー・ディフェンス 
U.S.オードナンス マーモント社」とし、「U.S.オードナンス社は、
サコー社から軍用M60と、その部品について許諾を受けた主要なメーカー
である。」と記している。

英語版では、マーモントが製造元から外されており、ネット上の別の
サイトでは、サコーのマーモントによって作られた(built by Marmont
in Saco)とされている。
マーモントが人名か部署,子会社かは相変わらず不明だが、サコーと
別ではない、というのが推定される。

リンクを辿るとサコーディフェンスは2000年にゼネラル・ダイナミクス
社に買収されたようである。

また外部リンクとして記されているU.S.ORDNANCE Inc.は、1997年
設立となっているが、これは国営の軍組織が民営化されたのか、は
調べきれなかった。とりあえずU.S.Armyではないようだが。

さて、果たしてどこまでが正解なのか、だが、同時期M1カービンやM14は
民間会社が軍からの要望に応えコンペ形式で開発している。

しかし、敵国のマシンガンを戦争中に入手して試験、更にメーカーの
サコーがゼネラル・モータースなど複数社を下請けにして共作させる、
というのも考えにくく、また、コンペなら両方却下されてから相手と
統合案を進める、というのも考えにくい。

何より、初期のT24,T44は習作ともいえるストレートコピーであり、
試作品番も軍が管理していたことを伺わせる。

やはり軍の主導でそれぞれが試作などを行ったのではないだろうか。

整理すると、開発はスプリングフィールドが主導し、T24,T-161の試作
にはゼネラル・モータース、T52はブリッジ・ツール&ダイ社が担当、
これらの成果を吸い上げたスプリングフィールドが形にし、制定後
大量生産はサコー(SAKOでなくSaco)が行い、この権利を今度は
USオードナンスIncが譲り受けた、というところではないだろうか。

[T24は失敗したのか]
戦時中の鹵獲品改造モデル、T24についてだが、Gun誌1978年12月号
によると試験結果は良好だったとされている。

しかし、WORLD GUNS Modern Firearms(ネット)によると、
7.92×57mm(8ミリモーゼル)の弾薬仕様なのを誰かが”忘れ”、
そのまま米の30-06(ケース長63.3mm)を使い、機関部尾筒が1/4インチ
短かったために失敗した、という。

長い30-06のカートリッジを短い薬室に突っ込めば(入ると同時に撃発
するので)、機構が閉鎖せず、ケースが破れ高圧の発射ガスが機関部に
噴出するだろう。

そもそも.30-06に合わせ弾帯の挿入部も拡大しなければ装填できない
はずで、当然バレル径も小さい30-06用が必要である。
そこで薬室を8ミリ用とするのは、”忘れる”というより間違いで、
しかも実射までチェックが働かなかった、というのはちょっと信じ難い。

他に、再設計の際にミリ規格とインチ規格の違いを無視したために、
細かい寸法が合わず、1000発程の試射で壊れた、という記述もネット
では見られる。

こちらも事実は、だが、T24は再設計して一から製作したのではない
ようなので、ミリ-インチ変換問題はバレルの取り付け部ぐらいしか
考えられず、やはり交換時にここをチェックしないまま実射試験した、
というのは考え難い。

また、部品を全て設計図から起し直すなら、全部インチで統一され、
相互誤差は単位のせいではないはずである。

以前M1カービンのところで述べたが、この時期ウィンチェスターで
急造の試作を成功させ、またグリースガンを大急ぎで完成させた同じ軍の
開発、にしては余りにもお粗末ではないだろうか。

米国は、”失敗も素直に明らかに出来る”体制、だったのかもしれず、
また担当したゼネラル・モータースは車屋、銃に詳しい訳では無かった
から、とも思えるが、インチ-ミリの規格については逆に欧州車との部品,
工具の違いなど”良くわかっている”はずで、この複数の失敗話は、逆に
”怪しい”と思うのは穿ち過ぎだろうか。

実は、MG42の閉鎖機構、ローラーロッキングは当時いくつかの理由で
コピーできなかったのではないか、とも考えられるのだ。

グロスフス社で開発されたMG42だが、ローラーロッキング機構は
ポーランドのエドヴァルト・シュテック(Edward Stecke)の特許を
採用、とされており、後にスペインのセトメがアサルトライフルで
ローラーロッキング(こちらはショートリコイル=銃身少量後退式では
なく、ここから発想を得たディレードブローバック=遅延吹き戻し式
だが)を用いたときも、特許の切れるまで生産できなかった、とも聞く。

当時ポーランドは敵である独の手に落ちており、とても特許交渉など
出来ず、またこれから情勢がどう転ぶか(実際戦後は東側に
組み込まれた)わからず、つまり技術の使用許可は可とも不可とも
つかない、誰にもわからない状態だったのではないか。

結局紆余曲折を経てM60が採用された1957年にはこの特許が切れた
ようなのだが、ともかくストレートコピーはまずい、という判断は当然
あったと思う。

更に、戦後ディレードブローバックに変えてローラーロッキングの量産に
成功したH&K社でもローラーの破損が問題となったことがあり、そして
現在は同じくローラーロッキングを採用していたSIG社も含めて他の
方式に乗り換えたようである。

ローラーロッキングのローラーは、モーゼルミリタリーやワルサーP38の
ロッキングブロックを簡単な形にしたものともいえるが、高温になり発射
ガスで汚れやすい環境で回転し高い圧力に耐える部品とするには、素材,
熱処理や精度管理も含め、かなり高いベースの技術、ノウハウが必要
だったのかも知れない。

また、MG42のコンセプトである高速の作動を実現するには、直線的
(ローラーは左右だが少量)に動くこの機構が必須、と独は判断していた
可能性もある。

対して、ハナから回転速度を落としたT24では、デメリットのみが
目立ったということかもしれない。

ともかく、戦後の動向を見ると、ローラーロッキングは自国で量産する
には技術的に難しい、もしくは従来のロッキングブロックや他の機構の
方がマシだ、と判断したとしてもおかしくないと思われる。

しかし、独で実用化に成功した最新機構を早々に”棚上げ”したために、
このような失敗伝説が生まれるもとになったのかも知れない。

m60/21

MG42のローラーロッキングはローラー(図のピンク色の部品)がロッキングピースによって
押し出され、チャンバー後部のリセス(溝)にはまってロックする。

対してM60のターンボルトはボルトボディのロッキングラグ(突起)がバレルソケットの
ロッキングカムに沿って動き(ボルトボディが90度回転して)、ロックする。


[改良]
M60はベトナム戦争などで活躍し、今も現役だが、発射で過熱したバレル
交換に際し石綿の手袋が要る、など操作上の問題があり、また弾薬の送り
に不具合が発生しやすいなど、米兵の評判は芳しくない、という記述も
見られ、改良も進んでいる。

元々、多目的(車載,据え置き,携行)を想定したバリエーションも
あったが、E1~E4(Mk43)までの改良版(E1は量産されなかったらしい)
が作られた。

m60/19
これも1/6で、Mk43 Mod0(M60E4)とM60。
Mk43はバレル短縮など軽量化が進められ、バイポッドで立てたままバレル交換が可能
(バレルに付いていない)、フォアアームには独立したグリップが付属している。


しかし、米軍はFN社のMAGをM240として採用し、また現在の制式ライフル
弾、5.56mmを使う機関銃もMINIMIがM249として採用されるなど、順次
置き換えが進んでいるという。

m60/02

独は戦後ラインメタル社がMG42を改良、MG3として採用した。
米国が諦めた”7.62mmのMG42”である。

もちろんMG3の登場はM60制定後のことであるが、M60、とりわけT24の
開発者は、このMG3を、どのような気持ちで見たのだろうか。

さて次回だが、現在市販最強のハンドガン、S&WのM500を、考えている。
それでは今回は、ここらへんで。

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まとめ

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