ADMIN TITLE LIST
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

web拍手 by FC2
今回は第二次世界大戦(WWⅡ)期を代表する、いやSMG(サブマシンガン
=短機関銃)を代表する存在といってもいいかも知れないほどの有名
モデル、MP-40を取り上げたい。

mp40/01

〔概要〕
MP-40はそれまで銃に標準的に用いられてきた木材を廃してプレス鋼板と
ベークライト(熱硬化型の合成樹脂、コンポジット(複合)材との記載も
ある)を用いて作られ、9mmルガー弾32発の大容量ボックスマガジン
(複列式箱型弾倉)、空気の圧縮を利用して緩衝,遅延機能を持たせた
テレスコピックタイプ(円筒引き出し式)のリコイル(反動)ユニット、
従来機よりコンパクトになる折りたたみ式のストック(銃床)など、多く
の斬新な特徴を持つSMGだ。

先に制定されたMP-38の改良型として作られ、ナチス政権下のドイツで
これらSMGは機動性と火力の大きさ(連射性能)を大いに発揮し、連合国
側が対抗のためステン,M3グリースガンを開発、大量生産して装備するなど
大きな影響を与えた。

mp40/15
タナカ ガスガンのルガーP08(左)とマルシン モデルガンMP40/Ⅰ。
手前にあるのが、9×19mmルガー(パラベラム)弾のダミーカート。
実銃ではSMG用には強装弾が使われたとも聞く。


〔1/1〕
モデルガンのMP-40は、金属モデルでMGC,中田商店(製造はTRC,
マルシン)、それを引き継いで改良したマルシンがああった。
その後、規制を受けてABS樹脂でマルシンが改良版を作り、これを後に
HW樹脂製(バレル=銃身は強度確保のためABSらしい)としている。

このマルシンのモデルガンは最も多く作られたとされるMP-40/Ⅰで、
ABSとHW共にキット化され、廉価版として普及している。

マルシンは、このモデルガンをもとにエアガン化、現在もガスBLKモデル
を発売しているほか、MP-41も作っていた。
エアガンでは、TOPが電動ガン、アサヒファイアアームズがガスガンを
発売していたほか、現在は海外製も入ってきているようだ。

今回登場させたのは、マルシンのABS製モデルガン。
MP-38,MP-40の特長である、テレスコピックタイプのリコイルユニット
や、MP-40/Ⅰになって改良された2ピースのボルトハンドル(コッキング
ピース=槓桿)も再現されている。

mp40/02
マルシン MP40/Ⅰとカートリッジ。
カートリッジは同社得意のプラグファイヤー方式。


mp40/03
リコイルユニット(左上)、ストック(右上)、ボルト後退位置のセフティ(左下)、
100/200m切り替え式のリアサイト。


〔1/6〕
1/6は各社から出ているが、F-Toysのワールドアームズコレクション
という食玩が充実している。
これは模型製作がドラゴンらしい。

機種はEMP,MP-41,MP-40,MP-38,MP-18(中身はMP28だと思われる)
そしてMP-40Ⅱという豪華なラインナップで、作りの細かさ、ボルト作動
やマガジン着脱可能など、内容も充実している。

シークレットはソビエトのPPshで、これはドイツ製モデルを期待していた
向きには意外かも。
このシリーズ、発売からもう長く経つがVol1が出たきりで、実質単発の
企画になってしまっている。

食玩では、現在も航空機や戦車が発売されているが、1/6の銃器はこの
シリーズ発売当時各社競って出てきたきり、で現在は全く出てこない。

もっとも、現在は1/6ミリタリーフィギュアの装備用別売りの製品があり、
金属を多用し更に凝った作りのライフルなどが、高価だが売られている。
MP-40も各社から出ており、今回使ったMP40/Ⅰも出所不明だが、
メディコムトイが出した「犬狼伝説 プロテクトギア 鷲尾 翠」に付属
していたものではないか、とも思う。

mp40/05
1/1と1/6で、MP-40/Ⅰ。 1/6は出所不明だが、全体にシルバー塗装が施されている。

〔前史〕
MP-40の起源は第一次世界大戦期のMP-18まで遡る。
当時銃架に据付けられた機関銃と塹壕による戦線の膠着を打破するため、
機動性の高いフルオート(弾倉に弾がある限り引き金を引き続けるだけで
連続して射撃できる)の銃が望まれ、ベルグマン社で開発されたものが
M-18として採用される。

開発にはテオドール・ベルグマン、ルイス,ヒューゴのシュマイザー親子、
オットー・ブラウスベッターなどが関わり、制式拳銃P08用の32連スネイル
(巻貝型)マガジンを使い、発射速度は350~450発/分と現代のSMGの平均
より低くされていた。

MP-18は個人携行かつ両手保持(脚による保持ではない)で使える軽量
小型さが特徴である。

従来のライフルと同じく木製のストック(銃床)を持ち、これがフォア
エンド(先台:一方の手で銃の先を保持するところ)を兼ねていたが、
このコンパクトさは当時の制式ライフルはもちろん、カービン(騎兵用
などに短くしたライフル)とも比較にならない。

MP-18の重量は決して軽くはないが、堅牢で機構もシンプルで泥などにも
強く、拳銃やそれにストックを付けたものより塹壕戦には適していた。

戦争終結までに配備されたMP-18は1万丁ほどらしいが、その威力に脅威
を感じた連合国は戦争終結後ベルサイユ条約でドイツにSMGの保有を
禁じた。

このためいったんドイツ国内でのSMG開発は止まったが、国内の大手銃器
メーカーは海外にダミー会社を設立、開発を続けたという。

H・シュマイザーはベルグマン社からハーネル社に移り、MP-18を改良して
MP-28(箱型弾倉,セミ/フルセレクター付き)を作る。
このMP-28はドイツ警察、武装親衛隊(SS)に採用された。

一方エルフルト・マシーネン(エルマ)社はハインリッヒ・フォルマーが
設計し製造していたVMPi(フォルマー・マシーネン・ピストーレ)の製造
権を買い、EMPとして生産を始める。

mp40/07
1/6で、先述のワールドアームズコレクションから
左からMP-28、EMPと出所不明のMP-40/Ⅰ。


EMPはバレルを覆うバレルジャケット、木製のストックなどMP-18と同じ
構成を持つが、バレルジャケットなどはMP-18のスタイルを求める向き
に応えて追加されたらしい。

しかし、EMPは内部に後のMP-38につながる特許機構、テレスコピック
タイプのリコイルユニットを備え、外観上もストック前方に独立した
バーチカル(垂直)グリップを持つ。

バーチカルグリップは発射時の銃の跳ね上がりをより抑制しやすいよう
考えられたものだが、MP-38では樹脂製とはいえフォアエンド形式に戻り、
兵士たちは勝手に?下方に向きを変えられたマガジンとそのハウジング
部分を握って射撃した。

この射撃スタイルが後にSMGの射撃姿勢として一般に知られるように
なったが、マガジン部に想定していない力を加えるため、給弾不良の
原因となる危険性も考えられる。

戦後の仏MATなどはマガジン部を握る前提でデザインされたが、やはり
独立したバーチカルグリップは反動制御に有用、ということでH&K 
MP5Kなどで復活、現在では取り付け,外しがワンタッチで出来るレイル
システムの普及に伴い、アサルトライフルでも標準的に使われるように
なっている。

mp40/14
これも1/6で、左上がブルッガー&トーメのMP9、左下はH&KのMP5K、中央はM4、
そして右がEMP。
赤い矢印で示したのがバーチカルグリップ、青い矢印はM4用を取り外したもの。


〔MP-38,MP-40の開発〕
1930年代半ば、ナチス政権下で秘密裏に再軍備のためのトライアルが
行われ、ラインメタル社、モーゼル社などのほか、エルマ社も参加する
こととなった。

エルマ社はEMPの機構をもとにMP-38を開発、これが制式を得る。

MP-38は木材使用の廃止、折りたたみ式のストックなど、MP-40に
つながるポイントが既に採用されていたが、軽量化のために機械加工で
多くのフルート(溝)を彫り、アルミ素材を使って軽量化していた。

フルートは製造に手間がかかるだけでなく、当時ドイツではアルミの材料
供給に不安があった。

軍は再軍備の時期的問題からまずMP-38を採用、生産配備を進めたものの、
次なる改良を既に指示していたのかもしれない。
すぐにMP-40が開発され、これが採用された。

MP-38,MP-40一連のシリーズにはエルマ社のあずかり知らぬところでSMG
開発の祖ともいえるシュマイザーの名が冠されることがあったが、MP-41
には関与したものの、MP-38,MP-40には一切関わっていないという。

MP-38,MP-40はMP-18などが鋼板に多数の穴を開けたバレルジャケット
を持つのに対し、バレル下に付けられた樹脂(アルミなどもある)製の
バレルレスト(レスティングバー=何かの上に置く際の保護材)を
設けている。

このバレルレストの前方は射撃時後方に動かないよう、引っかかるようにも
考えられている。

そして、MP-38,MP-40は、通常のライフルやMP18,EMPなどからボルト
ハンドルの位置が変更され、右手でグリップを握ったまま左手で引く形に
なっている。

これはマガジン交換も左手で行い、そのままボルトハンドルを引く、
というスタイルが考えられた為ではないだろうか。
このレイアウトはアサルトライフルの始祖、MP-43や戦後ドイツの
H&K製SMGであるMP5にも引き継がれている。

mp40/13
左からMP-28,MP-38,MP5。矢印で指しているのがボルトハンドル。

〔MP-38,MP-40のバリエーション〕
MP38,MP40にはいくつもの型が確認されているが、ドイツの首都陥落,
敗戦後の東西分裂により、資料が失われ、制式型番などが長らく不明
だった。

米国の収集家が呼び始めたという現在よく用いられる分類呼称では、
このシリーズはMP-38,MP-38/40,MP-40,MP-40/Ⅰ,MP40/Ⅱの
5つに大別される。
これらに加え、今回1/6で登場するMP-40-Ⅱなど少数作られたモデルも
存在する。

今回もこの分類,呼称に倣っているが、最近の研究によると、ドイツ陸軍
ヘーレス・オーベル・コマンドの管理,識別リストでは、MP-38,MP-40,
MP-40/Ⅰの3つしかないという。

MP40の改良は、生産上の問題だけでなく安全性向上にも及び、ボルト
ハンドルを2つの引き出し式の部品構成とし、外側を押し込むことで
ボルト前進位置でロックできるようになった。これでボルト前進位置で
携帯時に誤って落としても暴発の危険が無くなった。
MP-38も、回収されこの改修を受けている。

mp40/10
1/1で、ボルト前進位置でのセフティ機構。画像のように2ピースの外側を
左(機関部から外側へ)に引くと赤いマークが見え作動可能、押し込むとロックされる。


整理すると、MP-38/40はMP40のグリップフレームとMP-40のレシーバー
を組み合わせ、上記のボルトハンドル改修が施されたもの、MP-40/Ⅰは
MP-40のマガジンハウジングに異物を掻き落とすリブを追加、ボルト
ハンドル改良を施したもの、MP-40-Ⅱは左右にスライドさせてマガジンを
交換できるもので、現存する個体は極めて少ないという。
最終型のMP-40/Ⅱでは、テレスコピックリコイルユニットを廃し、
3本合わせだが単なるコイルスプリングのみとし、ストックのロックを
減らすなど更に省力化を図ったモデルだ。

mp40/06
1/6で、ワールドアームズコレクションからMP-38(左から1番目),
MP-40-Ⅱ(3番目),MP-41(4番目)と、出所不明のMP-40/Ⅰ(2番目)。


mp40/04
MP-38のボルトハンドル(左)と、MP-40-Ⅱの2列並んだマガジン。

〔マシンピストル〕
1980年代からだと思う(文献を片っ端から調べた訳ではない)が、主に
米国において、戦後生まれの“歴史を知らない”世代が、拳銃サイズで
全自動射撃が可能なものを指す用語として”マシンピストル”を用い
始め、この用法が現在一定の広がりを見せていると思う。

しかし、そもそもSMG発祥の地(伊のビラール・ペロサは弾こそ拳銃用
だが個人携行,運用できないため、SMGの分類に入れられていない)、
ドイツでの呼称がマシーネンピストーレ(マシンピストル)であり、
型式のMPはその略である。
これはH&K社のMP5シリーズなど、現代でもドイツ軍制式名として続いて
いる。

またSMGの開発当初から、拳銃を全自動化する試みは行われており、
ルガーP08を全自動化したものがMP-18開発時には試作、検討されて
いたし、スペインあたりでモーゼルミリタリーをフルオートにしたものが
好評だったため、本家モーゼルでも塹壕戦用の改造カービン案をもとに
M712と呼ばれる全自動モデルを作っている。

米国ではマシーネンピストーレをサブマシンガンと呼んでいた、という
事情もある(ピストル弾=サブキャリバー)が、この”マシンピストル”
という呼称は拳銃派生(改造)型に限るとする者と、Vz61やイングラム
M11などのような専用設計型、MP5KのようなSMG短縮型まで含めるとする
者があり、更にストックの有無、脱着式など非常に大きな違いがあるもの
をどこまで含めるか、全長でどこまでなのか、定義がはっきりしない。

ソ連のスチェッキンにしてもAPS(Avtomaticheskij Pistolet
Stechkina)であり、(カタカナ)英語ならオートマチックピストル
である。

米国の規制内容でも、全自動,短銃身(16インチ以下),サプレッサー
(サイレンサー)などを対象としており、SMGと”マシンピストル”を
分けていない。


WWⅡ期、ドイツのMP-38,MP-40は連合国の大きな脅威となり、米国
では少数しか装備していなかったトンプソンを大慌てで増産、省力化を
進めたがそれでも追い付かずM3グリースガンを作った。
英国のステンに至っては正に急ごしらえで、下の画像のMkⅡ型などは、
ストックはパイプに鉄片をくっつけただけの簡単なもので済ませている。

mp40/08
1/6で、左からMP-40/Ⅰ,米M3A1グリースガン,英ステンMkⅡ,露PPsh-41,
米M1921トンプソン。


戦後、もともとSMGを軽視していた連合国側は戦時中の大増産を忘れた
かのような態度に転じ、SMGは冷遇され、一旦用済み、もしくは後方や
予備の装備、といった扱いになる。

これにはアサルトライフルの台頭で、手動,半自動の装弾数の少ない
ライフルと共にまとめて一機種でカバーできるようになったから、
という理由が語られることが多い。

しかし、ドイツからH・シュマイザーを連れてきてAK47の開発を進めた
ソ連に対し、米国をはじめとするNATO諸国に採用された.308弾の
ライフルは全自動射撃はきつく、その命中率も低かった。

その後米国は同じくドイツが先んじて試み、断念した反動の少ない小口径
高速弾を限定使用から全面配備に切替え、M16(後のM4カービンも)で
ようやく本格的なアサルトライフルへと舵を切る。

ようやく”使えるアサルトライフル”を得た米国だが、1970年代に入り、
テロ対策として警察等が跳弾の危険性の低さなどに注目して欧州がSMG
の運用を進めたことに呼応し、SMGも再評価、装備が進む。

そしてこのあと、米国流の”マシンピストル”の概念が生まれたように思う。

”坊主憎ければ袈裟まで”ではないが、”優秀なゲルマン民族が世界の
支配者になる”というナチスの主張を受け入れられない米国の反発心が、
SMGやアサルトライフルの優秀性を無条件に肯定することを拒んだために
西側諸国の軍備に少なからぬ混乱,無駄を生む逡巡につながった
(もちろん勝った我々のM1ガーランドから、大きく変える必要は無い、
という慢心も考えられるが)のかも知れない。

そしてドイツ人ではなく我々が、という思いがアサルトライフルでは
扱いにくい.308弾の制定、SMGの排除、そして新しい”マシンピストル”
の概念を広めた、とすれは、これも立場を変えた”自らの思想,信条への
矯正,浸透”なのではないか。

もちろん、ヒューゴ・シュマイザー,ヒューゴ・ボーチャード,ルガー
P08など”日本語”として米国流が定着した例は多く、一般的でない
ロシア語、アラビア語など何でも現地の呼び、では言葉の元々の意味、
意思の疎通の点で不都合もある。

しかし紛らわしく、そもそもが間違いともいえる”マシンピストル”
という語は、個人的には使うべきでないと考えている。

逆になぜ”マシンピストル”がこれだけ普及してしまったのか、日本
では情報源が米国に偏っている、というだけでなく、以前書いた話の
ように受け手の”判断力”が問われているのかもしれない。

”自分達が特別”という宗教や思想は、そもそも幻想であり、それぞれ
平等に人間としての権利を認めるべきだが、またその一方で”信じる
ものが違う”者達の手になる文明(技術,発明)や文化でも、その価値
を正しく認める、ということは、”自由と平等の国”アメリカにおいて
さえ難しいことで、正にこの独善性は人間の性なのかも知れない。

銃器の世界では、SMGの再評価に止まらず、今度は拳銃弾より遠距離
に対応し、進化した防弾装備にも有効な小口径高速弾をコンパクト
なものに、というPDW(パーソナルディフェンスウェポン=個人防衛用
火器とでも訳すべきか)の概念が提唱され、一部で使用が進められて
いる。

既に”マシーネンピストーレ-40”は過去のものとなったが、その姿は
今見ても洗練されており、大きな影響を与え、そしてこれからも範と
なるべき多くのものを持っている”忘れてはならない”マスターピース
ではないかと思う。

mp40/09

この時期はいつも忙しく、また少し間が空いてしまったが、ネタ的には
まだまだ充実しているので、是非次回も期待して待って頂ければ。
では今回はこのへんで。

参考文献;月刊「Gun」1979年7月号、1989年8~11月号

web拍手 by FC2

















管理者にだけ表示を許可する



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2017 Gun1+1/6, All rights reserved.
まとめ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。