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今回は、旧日本陸軍制式、南部 十四年式拳銃を。
N14/01

最初にお断りしておくが、今回は非常に長い記事になってしまった。
しかし、思うところがあって敢えて長文を残している。
いつもながらの文章力で、難解,誤り等の問題もあるかもしれないのだが、出来ればゆっくり読んでいただき、最後までお付き合いいただければ、と思う。
それではまず、いつものように概要から。

[概要]
十四年式拳銃は、ショート・リコイル式の閉鎖機構を持つ、シングル・アクションの自動装填式拳銃だ。
弾倉はグリップ内に収まる箱型の単列式で、ボトルネック(ワイン瓶のように上部が絞られている)式で独自の8mmナンブ弾を使用、装弾数は8+1発である。
製造は、名古屋,東京,小倉の各造兵廠(東京は砲兵工廠だったとか)、そして名古屋造兵廠の下で南部銃製造所が作っており、総生産数は28万丁に上るそうだ。
士官用の装備である拳銃は、制式とはされているが、将校が個人調達でこれを購入した、とかいう噂もある。
しかし戦時中は敵国米国のものはもちろん、外国製の拳銃など、個人で調達が可能だったか疑問なので、拳銃も軍刀同様、標準化され、実質(自腹の出費でも)支給されていたのではないだろうか。

リアルサイズの十四年式。左はマルシンの、右はマルイのエアガン。
N14/13


[南部?]
頭に”南部”とつけているが、正式には陸軍 十四年式拳銃で、日本の有名な銃器設計者、南部麒次郎が助言はしたものの、開発はほとんど名古屋造兵廠で行われたらしい。
南部の名を付けたのは米国人だというが、これは南部式大型拳銃(甲,乙)の改良型と判断したこと、実際製造が南部の経営する南部銃製造所でも行われており、南の文字が入ったものがある(今回の2つの1/1スケール模型がそうだ)からだと思う。
但し、ベレッタを元に(ライセンス契約)少し変更を行って作られたタウルスの銃をベレッタとは呼ばないように、全体としてはこの拳銃は造兵廠設計,製造の陸軍十四年式だと思う。

[1/1]
上でも紹介したが、今回は、1/1(リアルサイズ)のトイガンを2つ。
新製品のマルシン製ガスブローバックで前期型、マルイの絶版(休止中?)、エアコッキングガンで後期型を。
これ以外にも、ハドソンが金属モデルガンで前期,後期の十四年式を作っている。
マルシンは固定ガスでも前期型,後期型の2タイプを作っていた。今回、8mmBB弾のガスブローバックを新たに発売するにあたり、木製グリップを初回限定で取り付けている。
事前のアナウンスや雑誌で紹介されているものは、ウォールナットらしき、散孔の大きめの明るめの茶色のものなのだが、今回店頭で見てみると、まるでスチロールのような木目の目立たない木(ファルカタ?)で、また濃い色の着色で少し落胆させられた。
しかし、不思議なもので写真にしてみるとしっかり木目も写っており、渋いウッドの質感が出ている。
また、マガジンはニッケルらしきメッキが施され、ワンポイントのアクセント(実物は前期型がニッケルで後期にはブルー、エンド部はアルミ製ではないかと思われる)になっている。
このモデル、このような豪華版にも拘らず価格はガスブローバックガンとしては安い。
このコストパフォーマンスと、日本モノ,旧陸軍モノファンもガスブローバック十四年式を渇望していたせいか、販売は好調で、訪れた店では初回ロットは、今回入手したこれで完売だという。

マルイは現在、十四年式を作っていない。
写真のものは過去に製作されていたもので、後期(昭和14年製造の形)型一機種をモデルアップしていた。
N14/02


[プロップアップ]
十四年式は、プロップアップ式のロッキングブロックを持つ、ショート・リコイル(少し銃身が後退する)形式の銃である。
この形式は、ドイツのモーゼルC96(この発展型M712を過去取り上げた)、ワルサーP38(過去の記事)と同じものだが、バレル(銃身)とレシーバーが一体化(固定)され、ボルトが後退するという点で、C96に近い。
しかし、ボルトの後退スプリングを左右に2本配置した形は、十四年式の後、P38が採用したものだ。

M712と十四年式。
M712はマルシンのモデルガン。
左下のカットは、M712の機構を分解したものを合成してみた。外したメカ・ユニットの上部に、ボルトを固定するロッキングブロック(銀色のパーツ)がある。
N14/08


マルイ(右)とマルシン(左)のフレーム後部。
マルシン製のものに開いている穴が、レシーバーとボルトを結合(ロック)させている、一見ハンマーのようにも見える形のロッキングブロックが落ち込み、ロックが解かれる部分。
マルイ製はモールド(型)だけだが、形状はこちらの方が実物に近いようだ。
マルシン製は、穴が開いているものの、ショート・リコイルせず、またロッキングブロックも内蔵されていない。
これらは、ガスでBB弾を発射し、その後ボルトを後退,前進させて弾の装填も行うブローバック機構を納めるために削られたと思うが、この細いボルト形状の十四年式で作動させる、という点だけでも快挙だと思う。
N14/04


[サイト]
十四年式のサイトは、少し変わっている。
横からみれば、ルガー(DWM)P08(過去の記事)と同じような前部が丸まった左右移動式のドブテイル(アリ溝)フロント・サイト、レシーバーと一体のリア・サイトなのだが、後方からみると、前はピラミッド型、後部はアリ溝の形になっている。

今回、前後のサイトにそれぞれピントを合わせた写真を上下合成してみた。
n14/05


[十四年式のルーツ]
十四年式は、その前身ともいえる南部甲,乙(+小型)のときから、モーゼル・ミリタリー(C96など)とルガー(P08の前のグリップセフティ付きモデルあたりから)を参考にしたように思われる。
また、イタリアのグリセンティにも共通点が多い。
P08系と十四年式は傾斜のついた細身のグリップは似ているが、P08系の閉鎖機構である、複雑なトグルリンクは避け、モーゼルのプロップ・アップ式を組み込んだようだ。
このミックス構成にあたっては、グリセンティM1910が参考になったのではないだろうか。
しかしグリセンティはイタリア制式だが、同サイズで9mmルガー弾より弱い弾薬を使い、間違って装填してしまうと壊れる。
この決して評判が芳しくなく十四年式の採用される10年前にベレッタに取って代わられているものを参考にしたのなら、十四年式は不成功作の更にコピー、ということになりそうである。
そしてグリセンティはロッキングブロックがボルトの前進を行うのだが、これはボルトのスプリング配置に苦慮した結果ではないだろうか。
一連の南部式では、リコイルスプリングは左サイドに配置され、アンシンメトリー(左右非対称)になっていたが、十四年式では、上記のようにボルトの左右にスプリングを配してこれを解決している。

[十四年式の限界]
十四年式はルガーと同じくハンマーを持たず、ストライカーによる撃発方式としているが、ルガーとは違い、ボルト長に合わせて長く細いものになっている。
このため、プライマー(雷管)が破れ発射ガスが逆流しても、圧力を受けるストライカー前面の面積は小さくなる。
それでもこのストライカー兼ファイアリングピンにはトラブルがあるのか、兵士は予備を携行していたようだ。
これもC96の長いファイアリングピンをそのまま大きく前後動させ、撃発に用いたともいえなくはない。
P08も十四年式も、マガジンをまたいでトリガーが前方に、ストライカーをロックする部分が後方にくるのを、長いシーソー式のシア・バー(せん断方向に力を伝達するパーツ)でつないで(力を伝達して)いる。
P08はL字型のクランクを使い、レシーバー上に(銃を後ろから見て)左右に動くシア、という実に苦しいメカ(複雑で精緻な、ともいう)、十四年式はこれよりシンプルにトリガーを引くとバーが上がり、シア・バーが上下に動く。
これらより後のものでは、皆マガジン部を超えるところは変形しにくい引っ張り,押し方向で力を伝達するトリガー・バーになり、例外はブローニング・ハイパワー(詳しくは再度ハイパワーを取り上げるときに)くらいである。
トイガンではマガジン内のバルブを叩く必要からメカを変え、長いシアも押し引き式のトリガー・バーに改められている。
但しプロップアップはP38→M92FSと使われ続ける。

また、十四年式は、それまでの南部式の安全装置がグリップセフティだけだったのを廃したため、レシーバー上に手動安全装置、後にマガジンセフティ(これはそれまでの製品も回収して装備させたらしい)を装備した。
その手動安全装置だが、何と(銃を右手で持って)左手で180度回す、というとんでもないもの。これなら装填せずに携帯し、ボルトを引いて使うのと大して手間は変わらない。
このようなものは他にないかといえば、イタリア制式だったベレッタM1934がこの180度回転セフティを装備している。
もっともベレッタは、その気になれば片手で操作できなくはない。

M1934と十四年式のセフティを。
十四年式は安全状態で安、発射可能状態で火、操作方向を示すために→マーク、と親切だが、これは逆に安全性確保に慎重になっていた表れでは。
N14/11


撃発機構の話に戻ると、十四年式は不発の問題に苦しみ、対策としてストライカーのストロークを増やしたとか。
これは弾薬の方にも問題があったらしく、更に経年によって悪化し、現在残っているものはまず撃発しないという。

十四年式は、機構的には、ショート・リコイルで立派な大型の閉鎖機構なのだが、そもそもパワーからするとこれは必要なかったのではないか。
8mmナンブ弾は、7.62×25mmのモーゼル弾、それを元に短縮型で作られたルガー(DWM)の7.62×22mm弾に近い形(2つの中間サイズ)だが、エネルギーはストレートなケースでもっと容積が小さい7.65×17mm(32ACP)弾並みに低い。
しかし、近年コルトが小型の380ガバメントでショート・リコイルを採用し、発射の反動を低減したように、十四年式もショート・リコイルにより反動が軽くなっていたのではないだろうか。
十四年式にも、他の軍用拳銃には見られない点がある。それはトリガー(引き金)が軽く、競技用並みのプル(引き金の重さ)だということだ。
反動処理とトリガー共に、軽さを追求したなら、軽い操作,反動というコンセプトがあったのかも知れないとも思えるのだが、もしかするともっとホットロード(火薬量が多い)を予定していたものの、(南部式の頃かもしれないが)機関の強度などから弱装弾となり、必要性の低いショート・リコイルが残ったのかもしれない。
但し、銃のサイズとしては細いが長く、立派な大型拳銃で、重量も決して軽くない部類だ。

他にも当時既に立ち遅れていたと思われる点があり、十四年式は全弾撃ち尽くすとマガジンフォロアー(弾倉内で弾薬を押すパーツ)がボルトに引っ掛かって止まり、一応残弾が無いことを示すが、マガジン交換によりボルトは前進し、再度ボルトを引いて装填しなければいけない。
しかも、後年マガジン脱落事故の対策としてグリップ前方に板バネを追加し、よりマガジンが引き抜き難いものとなった。
エアガンではこの機能は踏襲されず、ガスブローバックのマルシン製十四年式でも、BB弾を発射せずにブローバックさせて遊ぶことができるようにしてある。

十四年式の開発時、すでにブローニング(コルト)のM1911など優れた構成を持つモデルが出てきているのだが、南部式の改良といった考えから大幅な設計変更,大転換を出来なかった。
しかし、少なくともP08そのままより合理化して何とか自国で量産できるところまで持っていっており、当時の各国の情勢から見ても、工業力や国力の規模から見ても、”頑張った”製品といえないだろうか。
逆にサイド・アームズひとつとっても、その国の状態を表していないだろうか。
世界の列強のひとつに入ろうと、無理に背伸びをしていた(しかしそれを実行出来たとも言える)当時の日本の現状が、この十四年式には反映されているのでは。

左から十四年式、P08、M1911。
P08はタナカのガスブロ-バックガン。
M1911はMGCのモデルガン。
N14/09


[十四年式の変更点]
十四年式は細かくいくつも変更されている。
トリガーガードの形で大きく前期,後期と分けている(上のトイガンの場合もこれに従っている)ようだが、まず、1925(大正14)年に採用、1934(昭和9)年にマガジン・セフティを追加、1939(昭和14)年にトリガー・ガードを大型化、1940(昭和15)年にマガジン脱落防止用にグリップ前部に板バネ追加、といった具合に進み、その後コッキング・ピースの深い溝を省略(今回マルシンが再現した1944(昭和19)年の刻印のものには、このパーツが再現されている)、グリップパネルも横溝を廃止したプレーンなものになり、1945(昭和20)年には日本敗戦により生産が終わった。
マルシン,マルイの各モデルはそれぞれ細部が違うが、年式と形状の考証は合っているようだ。

マルシン製前期型の、刻印を。
南部銃製造所の、昭和11年製を再現している。
N14/03



[十四年式の影響]
RUGER(上のP08はLUGER)22ピストルは、十四年式を参考にした、と創業者が認めた、と言われる。
だが、これは儀礼的にへりくだって述べた、もしくはP08を意識しているのがあからさまになることを避けたに過ぎないのではないかと思う。
確かに円筒型のレシーバー内をストレートにボルトが後退するのは同じだが、これはコルト・ウッズマンやハイスタンダードと同じ機能のものをいかに安く作るか、というところで生まれてきたアイデアで、これ以外の、ハンマー内臓式の撃発機構や分解方法も全く異なるものだ。
だいたい十四年式のレシーバー下部は角型のフレームにマウントされ、外観も異なるうえ、敗戦国の、決して高い評価を受けていなかった十四年式のコピーを売り出そうとは思わないはずである。
しかし、もし十四年式がグリセンティを参考にし、スターム・ルガーが更にこれを参考にしたのなら、皮肉な話だが、最後のスターム・ルガーが(少なくとも生産数,販売の点では)一番の成功作となってしまった。

ルガー22スタンダードピストル(上方)と十四年式。
このルガーもマルシンのガスガン。これもブローバック化される、との情報もある。
比べると十四年式の方が、グリップが細い。
これを日本人向けで握りやすい、と評価する向きもあるが、力が大きければある程度の面積は必要で、32ACP並の低威力だからこれで済んだだけで、決して利点にはなっていないと思うが。
N14/07


十四年式と戦後の日本制式拳銃。
南部銃製造所は合併して中央工業、新中央工業(株)、更に吸収合併されてベアリングメーカーのミネベアの一部門になるが、戦後も拳銃を作り続けており、S&WのM36(チーフスペシャル)を参考に一応自社開発の警察用ニューナンブM60、SIGのライセンスを受け自衛隊用のP220を作っている。

左から、十四年式、M60、P220、P230JP。
M60は商標問題からかポリスリボルバーと呼んでいる、マルシンの8mmガスガン。
P220はタナカのガスブロ-バックガン。航空自衛隊仕様の刻印入り。
P230JP(P232の過去の記事)はSIGだが、これはドイツ生産のようで、日本特別仕様として手動セフティを追加したもの。
戦後の64式,89式ライフルのセフティも操作方法,動作量が多くなっており、日本では、やはり過剰な安全装置に拘る悪い癖が伝統として出来てしまっているのでは。
N14/19


[日本の銃]
個人的には、日本で開発,製造、もしくは使用されているものだからといって好きにはなれない。いやむしろ、それを避けてきたかも知れない。
しかしこれは、自分の弱点を見ようとしない、自分のルーツ,現状に背を向けた態度だったかも知れない。
日本のものだから、と贔屓目に見ることは今もしたくないし、逆に”自分達”のたどった軌跡について厳しい目で見るべきだと思う。今回の記事は、特に実銃については厳しい意見を書いたつもりである。
そして、その為の材料として、日本の作った拳銃の模型(エアーガンだから、実物でもあるが)が入手できるのは、大きな意味があることだと思う。
日本人がやらなければ、グリセンティ,ラティをモデルとしたトイガンが日本で量産されないように、他国でこれを作るようなことはないだろう。
とはいうものの、これだけ手元に日本がらみのものが集まっている。やはり、好きなのだろうか。

[1/6]
今回は、ミラクルハウスのワイルドセブン、八百についてきた十四年式(前期)と、出所不明の九四年式拳銃を、1/1と。
十四年式は、亜鉛ダイカストのようで、金属製だ。
グリップの横溝はもちろん、製造元を示す刻印らしきものが、レシーバーに再現されている。
N14/20


[マルウェアじゃありません]
Naked Girls With Gunsとかいう名前のトロイの木馬入りマルウェアメールが少し前に流行ったとか。
このブログも、目的は違うが手段は似ているかも。
そのせいか、最近訪問者が増えているような。
このブログ作成に限らず、手軽な情報収集のツールとしてネットを利用しているが、調べているうちに自分のブログの意外なカットが検索で引っかかったりして、本人が驚くことがある。
ちなみに、”裸の女が銃と一緒”もしくは”裸の銃を持つ女”なカット、木馬さんは探しても見つからないはず(しかも人形だ)なので念の為。

さて、新製品は早く紹介したいものの、写真撮影,記事作成にかける時間確保に苦しんでしまう。
というわけで、2週にわたり新製品(遅いって!)を取り上げてきた”しわ寄せ”に苦しみ、次回は全く未定。
では、ここらへんで。 
N14/15



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まとめ

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