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今回は、日本の自衛隊などで使われている89式小銃を。

89/01

[概要]
89式小銃は、日本の豊和工業が開発,生産するアサルトライフル(突撃銃=
通常の小銃弾より弱装の弾薬を使い、全自動でも射撃できる銃)である。

弾薬はNATO標準のSS109と同等の89式実包(5.56mm口径)で、ガス圧利用
式、弾倉は20連、30連の2種があり、これは国際的なSTANAG規格に
順じており、米軍のM16/M4カービン用も使えるという。但し残弾確認穴と残弾数
の刻印があり、独自のものとなっている。

現在、89式小銃は自衛隊に止まらず、海上保安庁や警察の特殊部隊にも
配備されているという。

89/02
1/1で、キャロットのR89”Buddy”。

[1/1]
今回のリアルサイズトイガンは、キャロット製の電動ガンだ。
キャロットはまず本体別の外装キットで89式をモデルアップしたが、2002年に東京
マルイ製のM4A1の内部メカを使い、自製の外装を付けて「89R“BUDDY”」の名
で販売した(この仕様でキットも販売している)。

M4系のメカボックスを使うため、右側操作のセレクターには苦労のあとが伺えるが、
バースト機構は再現されていない。
バッテリーはミニサイズで、フォアアーム内に収納する。開くのは片側だけだが、
ガスレギュレータを引くことでロックが解除される。これは後発のマルイ製より簡単
だと思う。

89/14
左上;フラッシュハイダー(消炎器)        右上;ストック
左下;ガスレギュレーター(フロントサイトの下) 右下;リアサイト


バレルは悪用防止のため一部切り欠かれているが、金属製で、フラッシュハイダー
は削り出し、フロントサイトやバイポッド周りはロストワックス製法のスチール
らしい。

特にフラッシュハイダーはキャストのマルイより良く出来ていると思う。
但しボディはプラ製で、金属製のマルイと比べると軽そうだ(全体としては200g
ほどしか違わない)。ぶつけたりしなければ強度上問題はなさそうだが。

バイポッドの取り外し機能はダミーだが、その気になれば分解して外すことは可能
だと思う。

リアサイトは無可動だが別部品なので、マルイ製が手に入るなら換装も可能かも
知れない。

マガジンはM4/M16用を流用しているが、残弾確認の為の穴、残弾数の文字を
追加工している。
付属してきたのはゼンマイ巻上げ式の多弾数タイプだが、M16用ノーマルタイプを
買って同様の加工をしてみた。
30連型以外に、20連型も作れるが、マルイ製89用は使えないようだ。

89/04
機関部右側。セフティ兼セレクターは「3」(3連バースト)位置。

89/17
機関部左側。マガジンハウジングには両側ともスリット(切り欠き)があり、
その後方にボルトストップがある。


[1/6]
日本製で自衛隊の装備、という点で人気があるのか、1/6でも複数のモデルが手
に入っている。

89/03
1/1と1/6の比較。

ひとつはプラッツ(ドラゴン)が手がける自衛隊フィギュアの装備で、他にはバイスの
スモールアームズコレクションに含まれていたものだ。
バイスのものでは、通常の89式小銃と、脱落防止仕様という変わったものの2種が
ある。

脱落防止仕様では、銃口に赤いマズルキャップ。フラッシュハイダー、フォアアーム、
ストックなどにビニールテープが巻かれ、マガジンは紐でトリガーガードと結ばれ、
空薬莢を回収する袋「薬莢受け」が取り付けられている。

また通常仕様では、銃剣がセットされていた。
他にもアーモリー製で折り曲げ銃床型があるらしいのだが、未入手である。

89/13
1/6で、左からプラッツ、バイスの標準型、バイスの脱落防止仕様。

[開発の歴史]
豊和工業は以前自衛隊に64式小銃を納めていたが、この後継として1966年から
新型アサルトライフルの開発は始まったという。

89/09
1/6で、89式小銃(左)、64式小銃(右)。

1969年(契約は1965年との説もある)から豊和工業はアーマライトAR180の
ライセンス生産を始めており、これが新型アサルトライフルに少なからず影響を
与えた(もしくはその全自動可能型であるAR18の採用を目指していたのかも
知れない)と思われるが、民間用のAR180が改造されテロリストに使用される、
という事態を受け、製造,輸出が停止する。

一方、NATOでの小口径小銃弾採用の動きを反映して1974年から防衛庁でも
研究が始まり、これに豊和工業が協力する形で開発が続き、AR18に独自の
改良を加えた発展型を専用開発、1989年に採用された。

略称は89R、愛称は公募され、バディーという名に決まったが、市販されるモデル
ではないため、この名で呼ばれることはないと思う。公募の際には広報に使う
ということらしかったのだが。

本体には「89式5.56mm小銃」と刻印されているが、最近では海外での使用も
考慮してか、Type89R(RはRifleの頭文字か)となっているという。

[装備]
89式小銃の発射形式はセミ(単発)3点バースト(3連射)、フル(全自動)の
3種類から選択できる。
これはSIGのSG550シリーズなどと同じで、米軍ではM16A2がバーストを採用
していた。
しかしM16A2は全自動が無く、A3ではバーストモード無し(セミ/フル)と
なっている。

89/10
1/6で、89式小銃(左)、M16A1(右)。

89式小銃に戻ると、他にも細かいところまで凝っており、左右非対称で頬付け
しやすく配慮したストック、取り外し可能で折り畳み式のバイポッド(ニ脚)、空砲や
グレネード(投擲する爆弾)使用を想定(06式小銃てき弾というものがあるが、
これは実弾を使うらしい)したのか、ガスレギュレーター(規制子)まで備えている。

バリエーションとして空挺(パラシュート)部隊,車両搭乗兵用に折り曲げ式
ストックを装備したものがある。

他にイラク派遣時に左側から操作できるセレクター(切替)レバーが付けられたが、
帰還に際して取り外したとか。もっとも、最近では左側レバーの装備が正式に
決まり、配備されつつあるという。

また光学照準器やフォアグリップを個人、もしくは部隊で調達することもあるようだ。
珍しいものではカービン(騎銃=通常より短い銃身)モデルも試作されていると
いう。
89式小銃は現在も調達が続けられているようだが、既に耐用年数を超えて廃棄
になるものも出始めているという。

89/15
1/6で、左からAUG、L85A1、89式小銃(着剣状態)。
AUGとL85はブルパップという比較的新しい形式で、一時期各国がこぞって採用した。
ブルパップは機関部をストック内に持つのが特徴で、L85は89式と同じくAR18を元に
開発されている。


[AR18との類似点]
元となったAR180は英国で生産したものより、豊和が作ったもののほうが作りが
良かったらしく、米国では「AR180は豊和製に限る」とまで言われているとか。
今回AR18,180のトイガンが入手できておらず、画像は他で参照いただくことで
勘弁していただきたいが、両者はかなり違いがある。

一部ではAR18の部品流用が可能、とも書かれていたりするが、外観部は全て
違い、機関部でもボルトハンドルなどは別モノである。

また89式小銃のグリップ(銃把)とトリガーガードが一体となった部品、ストック
(銃床)、フォアアーム(先台)などは樹脂で成形されている。
AR18もグリップ,ストック,フォアアームは樹脂製だが、グリップはスチール
プレスのトリガーガードと別になっている。

基本的な作動方式がガスピストン、上下レシーバーがプレス鋼板、という点では
AR18(AR180)に似るが、これは東側のAK74シリーズでも同じ(AK47は製作
技術,耐久性からか削り出しレシーバーに戻されたが)で、もともと突撃銃という
名を最初に冠されたStg44がこの構成だ。

各部品ではロストワックス製法が使われているらしく、とことんプレス加工を利用
しているAR18とは異なる部分だ。

アーマライトのアサルトライフル、AR15(制式名M16)もAR18も、分解は機関部
前方のヒンジを支点に後方が持ち上がる形で行うが、89式もこれを踏襲
している。

[何を変えたかったのか]
防衛庁,豊和工業は、AR18では技術的発展性に限界があるとして、89式小銃
の開発を行った、ということになっている。

上記の違いからすると、大きな変更点はバイポッド、3点バースト、ガス
レギュレーターくらいであり、主にコントロール(命中精度)とグレネード対応が
目的、とも思える。

89/18
1/1で、バイポッド展開状態。
伏射姿勢での安定度を増すが、歩兵の小銃に標準装備される例は
日本以外ではスイスSG550,仏のFAMASくらいで、決して多くない。


しかし、バイポッドはM16でも後付け用があり、バーストもM16A2が実現している。
AR18でも、内部機構の変更でバーストは可能だった可能性は高い。
グレネードに至っては、現在主流はアドオン(別付け)であり、外観も含め、
これほど変更する理由にはならないと思う。

また逆に、細かいマガジンの確認穴、機関部のダストカバー廃止などは、砂塵の
侵入を許し易くなっていると思われる。

元自衛隊員の声では、89式小銃のトリガーフィーリングは悪く、SIGなどには遠く
及ばないという。

他にも、リアサイトはゴーストリング型(環状)だが、左右にガードがなく、照準面
が最も高い位置に突き出している。
サイトは厚みがあり、すぐに凹んだり、折れたりすることはないようだが、なぜ
保護しないのか、理解に苦しむところだ。

マガジンキャッチボタンに至っては、米軍のM16が周囲を盛り上げてガードとした
改良型(A1)を作っているにも関わらず、ボタンが飛び出したままになっている。
89式小銃はスリング(吊皮)金具が銃の左側に付けられており、右側にあるこの
ボタンは、匍匐前進時などに誤って触れ、マガジンを紛失しやすいと思われる
のだが。

更に、AR18の折り畳み式ストックを固定式に変更したものの、空挺部隊用など
で結局折り畳み式ストック仕様を追加しており、ここなどは強度はともかく
”やらなくて良かった”変更だった、と言い切っても良いのではないか。

豊和工業はM1カービンのスポーター(民間用)モデルや、ウェザビーにOEM供給
していたボルトアクションなど、ライフルのバリエーションも多く、純粋に一般向け
輸出用にAR180をライセンス生産した、ともとれるが、やはり時期的にいっても
”自衛隊用”の狙いがあったのではないか。

機種選定も、ライセンス生産に応じるところ、というだけならSIG,H&Kでも良かった
かもしれない。
あえてAR18を選んだとしたなら、それは当時どこの軍にも採用されていないから、
まず一般向けとして生産,輸出することに反対が無い、という思惑もあった
のではないか。

開発費を浮かせ、また生産も米国一般向けとほぼ同じなら、安く作ることが可能
になる。
そしてその絵は、もしかするとその利益を得る”調達”側が描いたのではないか。

その計画が頓挫したため、今度は”できるだけAR18とは違う”新型を
独自開発し、逆に開発費を含めて高い調達価格の”言い訳”とした、と考える
のは穿ち過ぎだろうか。

89/16
1/6で、左から89式小銃、SCAR、G36、SG551。
これらはブルパップでない最近のアサルトライフルだが、全てストックが折り畳み式だ。


そして専用設計,小数毎年調達(後に一括調達も行われたらしいが)の為に
軍用としては異常に高価なライフルになっているという。

但し、スナイパーライフルなどは米国レミントンから輸入しているものが、米国市場
価格からすると数倍の高値で調達されており、どうやらコスト削減は国産でも輸入
(ライセンス生産)でも変わらなかったのかもしれない。
だとすると、非武装の幻想や武器輸出への抵抗など、自業自得の面もあるが、
今のところ一番の被害者は納税者、ではないだろうか。

[実物から得られる情報]
いきなりだが、通信販売,ネットオークションなどで「失敗した」,「思っていたものと
違った」という経験は無いだろうか。
このようなブログをやっていて言うのは何だが、私は画像だけでトイガンなどを
入手して、そのように思った事があるし、やはりその危険度の分、特に中古などは
高くても店頭で見てから購入したいと思っている。

少し前、だが、自衛隊が展示した銃を触らせたのは銃刀法違反、として担当
大臣や自衛隊幹部を告訴、これを受けたのか、はともかく、今まで実施してきた
銃操作体験を全て取りやめた、という報道があった。

非常に残念である。
展示用の銃は、撃針が外されるなど、撃てない(しかも撃発装置が無いなら、
真正銃とはいえないはずだ)もので、安全に配慮されていたとも聞く。

上記のように、自衛隊の調達品は非常に高い可能性があり、それを確認する
方法として、やはり実物を見る(触る)ことは重要な手段である。

国家を介しているとはいえ、それらを”買っている”納税者は、厳しい目でチェック
しなければならず、逆に関係省庁には、今回のように外部からの圧力があり、
それに応えた、という形で(展示を)引っ込めてしまえる、というのは”都合が
良い”のだ。

銃の展示を違法だと訴えた輩は、本来の意味でのシビリアン・コントロールに反し、
見えないところでの予算の無駄使い、一般の目に入らない装備の調達が進む
口実を作ったという自らの愚には恐らく思いも至らないのではないかと思う。

某元幕僚長の言葉ではないが、敵が反対しているなら正しい政策、というのは
一理あると思う。

もっとも、海外の軍隊にまず侵略の放棄(つまり自衛隊化)をさせることなく
自衛隊の方から無くせ、というような勢力は、論理的に国の存亡を考えている
のではなく、子供じみた”嫌い”の感情だけで叫んでいるに過ぎず、今回の事例も
それを証明しているのかも知れないが。

890/11

私的な事情だが、まとまった記事作成の時間がなかなかとれず、
また大きく間隔が空いてしまった。
その間も別ブログは続けていたのだが(笑)。

楽しみに待ってくれている方や、検索で訪れてくれた方々には申し訳ない。
さて、次回だが、S&WのリボルバーかFNのオートを、と思っている。
それではここらへんで。

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今回は、WWⅡ(第二次世界大戦)期の英国を支えた、ともいえるSMG、
ステン(STEN)を。

sten/01

[概要]
ステン・マシンカービンは英エンフィールド造兵廠で1941年に開発された
オープンボルト(ボルトが後退し、機関部が開いた位置から発射サイクル
が始まる)方式のSMG(サブマシンガン=短機関銃。引き金を引いている間、
装弾数の範囲で拳銃弾が連続発射される個人携帯可能な銃)である。
英陸軍初の自国製制式SMGであり、不利な戦局を反映し、省力化を進め
生産性を高める設計で、MkⅠ~MkⅥのバリエーションに加え、細かな仕様
違いは多種にわたり、またカナダなど国外でも生産された。

[1/1トイガン]
ステンのトイガンとしてはCMCがMkⅡ,MGCがMkⅢのモデルガンを作って
いたが、法規制により鉄製のモデルガンが作れなくなり、ハドソンが
亜鉛でMkⅡを作るのみとなった。そのハドソンも廃業したため、現在
モデルガンは全て絶版状態である。
またLSもエアーコッキング、ガスガンを作っていたが、これらも現在は
中古以外は入手できないと思う。
しかし、電動ガンでは複数の海外メーカーのものが入ってきていたと
思う。

手元にあるのは、ハドソンのMkⅡで、これは廃業後に中古で入手した
ものだ。

sten/02

[1/6]
1/6では、MkⅡのT字型ストック付き、MkⅥ(サイレンサー付き)、
それからMkⅡのストックが違うものの3つが手元にある。
MkⅥには予備マガジン(弾倉)とマガジンローダー(装填器具)も
付属してきた。

いずれも単品、ルーズパーツとして入手しており、出処は定かでないが
MkⅥはドラゴン製と思われる。

MkⅡはハンドガード部分を金色がかった別色で塗るなど、細かく
作り込まれており、MkⅥに至っては布がサイレンサー部に
取り付けられている。

sten/03
左から、1/1,MkⅡ,MkⅥ,そして正体不明のもの。

[ダンケルクの敗走]
1940年、英仏軍は独のフランス侵攻の前に新型のブレン軽機関銃を含む
武器弾薬の多くを放棄して敗走、更に空爆で英国内の武器製造施設にも
大きな損害を生じ、火急的に兵器の生産体制を立て直す必要が生じた。

特に機関銃や個人装備のライフルの不足は深刻であり、また独の空挺部隊
が使用していたMP38,MP40などのSMGに対抗する装備を考える必要が
あった。

sten/05
1/6で英軍の制式ライフル、SMLE(ショート・マガジン・リー・エンフィールド 左)と。

[英国でのSMG開発]
英国ではSMGを評価しておらず、これまで海軍陸戦隊が採用していた程度
だったという。
しかし、SMGを採用する諸外国の動きは知っており、伊のビラール・ペロサ、
独のMP18,EMPや米のトンプソンはもちろん、フィンランドのスオミ、
スペインのスターなど、ともかく一通りのSMGをテストしていた、という。

sten/04
これらも1/6で左から、トンプソンM1928、MP28、ステンMkⅥ。

ステンを開発する前に、BSA(バーミンガムスモールアームズ)が海軍の
要請でSMGを開発している。
そしてステンと同時期には、ランチェスターSMGだけでなく、チェコの
Vasely氏設計によるV40も同じくBSAで作られるなど、複数のSMG開発が
進行していた。
また、米からトンプソンM1928を調達し、後にはM3グリースガンを9ミリ
に改修したものを供給されている。

[シェパードとターピン]
STENの名は、開発者のシェパード(S)、ターピン(T)、そして
エンフィールド(EN)からきているという。

レジナルド.V.シェパードは英軍からエンフィールド造兵廠へ入り、
いったん退役したのち、BSAでSMGの開発に協力していたらしい。

彼はエンフィールド時代、主に検査部門にいたらしく、当時の同僚で設計
部門にいたハロルド.J.ターピンを呼び寄せ、共同で開発にあたった。

二人は当時47,48歳で年も近く、うまが合ったのかも知れない。
古巣のエンフィールドは、この二人が英陸軍新型SMGの開発に適任と考え、
呼び戻して1940年末から急ピッチで作業に入り、年明け早々には(開始
から何と36日後)試作第一号となるT40/1が完成、
”カービン・マシン・ステン・MkⅠ”として制定される。

[独創性]
新SMGのカートリッジは、敵国である独の制式、9ミリパラベラムだ。
これは英国に適当な制式カートリッジが無かったから、鹵獲した場合に
(実際在庫があったとか?)流用が可能だから、という理由で語られるが、
マガジンまでほとんどMP38,M40と同じものとしており、開発時間の短縮
のため、基礎的な部分は敵側の兵器から頂いた、というところなのでは
ないだろうか。

sten/07
ハドソン ステンMkⅡのマガジンにダミーカートを入れたところ。
画像のようにダブルカーラムシングルフィード(出口では単列になる)型だ。


また、生産性向上のためにレシーバー(機関部)を鉄パイプにした、
などの変更点はあるものの、丸いレシーバーは独のSMGの形状、
そしてトリガー(引き金)の前にフォアアームを付け、そこに
バーチカル(垂直)グリップを配したMkⅠ型のデザインは、EMPのそれに
影響を受けているものと思われる。

なによりボルト(遊底=機関部の閉鎖を行う部品)の形状、トリガーシステム
など、内部構造もMP38,MP40にそっくりだった。
つまり、ステンは独SMGの生産性を向上させた改良型だった、ともいえる。
手っ取り早く信頼性ある製品にするには、オリジナルにこだわるより
コピーが最も良い、という判断だったのかもしれない。

sten/06
再び1/6で、左からM3グリースガン、ステン、MP40。

しかし、単に複数のSMGの要素を寄せ集めただけでは、まともな製品が
出来る訳はない。

既にBSAは各国のSMGを導入する試作を重ねており、エンフィールドの2人は
造兵廠の生産技術を伝えるだけでなく、こういったノウハウも吸収
していた(そのための派遣だった)のかもしれない。

またシェパードとターピンは既にBSA社用以外の新型SMGについて、
アイデアを密かにまとめつつあったのかもしれない。

ともかく短期間で破綻の無い、生産性の良い製品を作り上げたのは
驚くべきことである。

ステンは単なるデッドコピーではなく、MP40のテレスコピックタイプ
(望遠鏡のように大きさの異なる筒を重ねて伸縮する機構)の
リコイル(反動)ユニット、バレルレスト(銃身を何かで支える場合の
保護材)、フォールディング(折り畳み)ストックなどは廃し、素材も
ベークライト(樹脂)は使わず木材とした(更に改良型のMkⅡでは
完全に木材を廃している)。

ステンは省力型だが、何もかも徹底的に無くしたわけではなく、独立した
セレクターを持っており、セミオート(引き金を引くと一発のみの発射)
モードもあり、MkⅠではラッパ型のコンペンセイター兼フラッシュ
ハイダー(フラッシュエリミネーターと呼んでいたようだ)、
折りたたみ式のバーチカルグリップが装備されていたし、MkⅡからは
サイレンサー(消音器)付属型も作られた。

このサイレンサー付きステンは、独も脅威を覚えたと言われ、
ウェルロッドやグリースガンと共に軍においてサイレンサーを普及させる
契機になったように思う。

sten/11
左の上下はセレクターの作用。セレクターのボタンを押す(赤の矢印)と、
トリガーバーも押されてトリガーを支点に傾き、横に移動、
ボルトの突起でディスコネクト(シアとの関係を断つ)しなくなる(青の矢印)。

右上は逆にレシーバーから見えるシア(赤の矢印)とトリガーバー(青の矢印)。
共にボルトの突起と当たる(シアはボルトを止め、トリガーバーはヂィスコネクトする)。

右下はボルトを取り出したところ。赤い矢印で示したところが、シア、トリガーバーと
接触する。


安全面では、まず後退(発射準備)位置より少しボルトを引いて
レシーバーの溝にボルトハンドルを引っかけて安全装置としていたが、
MkⅡではマガジンハウジングを回転させるとエジェクション(薬莢の排出)
ポートが閉じ(マガジンも射撃位置まで押し込めない)、防塵対策(ボルト
ハンドルの部分は開いているが)にもなっていた。

更にMkⅡの途中からボルト前進位置でボルトハンドルを押し込んで
ロックする機構も追加されたが、これもMP40同様とはいえ、ステンの
方がシンプルな構造だ。

sten/08
左上はボルトハンドルを後方で溝にかけたところ。
左下はマガジンハウジングを回したところ。矢印で示しているところがエジェクションポート。
右の上下はボルト前進位置でのセフティ。上が解除時、下がロック時。下の青い矢印で示した
ところに、ボルトハンドルが突き出している。


他に構成上目立つのは横に配置したマガジンで、これはMP28(MP18)
等の比較的初期のSMGが原形と思われる。
これを踏襲したのはプローン(伏せ姿勢)や塹壕などで低く構えられる
よう配慮したようだ。
英国では後のスターリングSMGでもこのレイアウトを続けている。

sten/14
1/6で、スターリング(着剣状態 左)とステンMkⅡ(右)。

外観上は、MP40が未来的、とでもいいたいほど、非常に洗練されたもの
になっているのに対し、ステンは正にパイプ溶接の、銃器史上最も簡素な、
省力型の素っ気ないものだ。
特に目立つのはストックで、MkⅠでは2本のパイプにバットプレートと
なる鉄板を溶接し、MkⅡではスケルトンタイプの曲げ加工の一体型、
一本の鉄パイプに鉄片2枚を溶接しただけのT字型、スケルトンタイプの
ピストルグリップなど複数のものが作られているが、どれも他に類を
見ないほど簡単な作りだ。

WWⅡ期末期に日本でも物資,製造能力の問題から極力簡素化された銃が
作られたが、元々の設計から簡素型としたわけではないため、ここまで
簡単な作りのものにはなっていない。

米国もM3グリースガンの他に、リバレイター(FP-45)ピストルを
作ったが、プレス成型でグリップ部を形成しており、板切れ一枚、という
究極の省力型はステンくらいである。

しかし、ストックは頬づけすることは出来ないものの、実用上差支えない
レベルで、グリップも快適とはいえないが、問題なく使える。

sten/09
1/1で、T字型ストック。型式名はバットNo.2 Mk.2。

ストックはワンタッチで外すことが出来、回転式のマガジンハウジングと
相まってコンパクトに運搬できる。

sten/10
1/1で、ストックを外し、マガジンを抜いてマガジンハウジングを下向きに回転した状態。

分解もバレルはヒートガードを回すだけ、ボルトはストックを外し後部の
パーツを回転させ、ボルトハンドルを抜けば、スプリングと共に後方に
抜けてくる。
射撃後の手入れはそこまででOKで、必要なところがシンプルに分解できる、
という点では後発の米M3グリースガン以上かもしれない。

[ステンチガン]
ステンは、MkⅡだけでも200万丁以上が製造され、正に”英国を救った”
SMGだが、兵士たちの評判は芳しいものではなかったという。

ステンには様々なニックネームが付けられたが、「ステンチ(臭い)ガン」,
「テンピー(10ペニー)ガン」,「ウールワース(安売り店)ガン」そして
「鉛管工のお気に入り」など、ともかく全く褒めたものがない。

sten/12
1/1で、トリガー部を下からみたところ。
大きく空間が空いており、トリガースプリングが見える。


当初、マガジンの給弾、レシーバーのボルト収納部分の溶接個所などに
不具合があり、これが評価を下げる要因になったと思われる。

ステンのレシーバーは、MkⅠではパイプを加工していたが、MkⅡで
ボルトハンドル用の長穴などを開けた後に板を円状に丸めて溶接して
作ったらしいので、溶接範囲は広く(後にドイツがコピー品を作った
際には、長穴,エジェクションポート部で継いだために、溶接長さを
減少させることが可能になったという)、ボルトが動く範囲の溶接個所の
仕上げが良くないと、引っかかって作動しなくなることがあったようだ。

また、レシーバー前部を溶接せず開けていたために異物がトリガーメカ部
に入り込んだため、後には薄い板を溶接して対策したという。
それでも、上の画像のように、トリガー部などは大きな空間が残っている。

鉄板を溶接しただけの簡素なグリップや、表面仕上げが磨きではなく
溶接跡もそのまま、木材すら使われていない姿がみすぼらしく見えた
可能性も(無可動実銃では機関部がブルー,ストックが黒色塗装で、
ヒートガードもガンブルーでない可能性があるものが見られ、
MkⅡではパーカーライジングなのか全体が艶消しの灰色のものも
見かける)ある。

英国は多くの男性を兵士として徴用したこともあり、当時工場では多くの
女性が働いていた。組み立てだけでなく、通常あまり女性がやらない
(火傷などの危険がある)レシーバーの溶接まで行っている写真、動画が
残っている。

ステンは一般の工業製品を作る工場で生産可能な方式がとられ、実際に
ミシンメーカーのシンガー、玩具メーカーのレイネス・ブラザーが
作っている。
正に”オモチャ屋の銃”である。

ステンは確かに光り輝くウォールナットと深いガンブルーに彩られた、
居間に飾っておくに相応しい銃ではないが、短期間に大量に作れ、近接
戦闘に特化した”優れた兵器”で、故に何百万丁も作られ、
自国外どころか敵国で技術に関しては世界最高を標榜していた独でさえ
コピーした(立場が逆転し、今度は独が追い詰められた、という事情は
あるが)のではないだろうか。

確かにそれまでの銃のイメージからはほど遠く、戦後アーマライトが
アルミとプラスチックのARシリーズの販売で苦労し、軍でも当初不評
だったように、”大きな転換点”は、直ぐに受け入れられるものでは
なかったろう。

しかしこの後、米はM3グリースガンで鋼板プレスを更に押し進め、
自国のSMGでもスターリングのレイアウト、構成には強い影響を及ぼし、
それどころかカール・グスタフやそのコピーであるS&WのM76などが
円筒パイプと曲げた鋼板を溶接で組み合わせた構成を踏襲するなど、
影響力という点では、MP40よりも大きいかも知れない。

シェパードとターピンは、独創的な機構は作らなかったが、
生産性という、そのとき一番重要視された要求を満たした。

彼らの名を冠されたこのSMGは、決して”臭い銃”ではなく、一つの
究極、そして革新ではないだろうか。

[3Dプリンタ銃]
最近、日本でも3Dプリンタを悪用し、真正銃を作って逮捕される事例が
起こった。

これを機に立法側(とその意向をそのまま垂れ流す一部マスコミ)では
3Dプリンタを危険視し、何らかの法整備を考えているようである。

しかし、銃は3Dプリンタのような”特別な装置”が無くても作れるもので、
極端な話、日曜大工の工具と部材で制作は可能だ(火縄銃なども立派な
真正銃だ)。

銃の製造の危機、それは今に始まったことではない。
あのような大きくて機能も劣った原始的なモノ(金属探知機に反応しない、
という点は優れている、といえるが)ではなく、本格的な銃が摘発された
事例も枚挙にいとまが無い。

そして銃の製造はそれ自体が既に重罪となっている。

機械を規制する、というなら、既に各企業,家庭に普通にある
電動ドライバーも取り締まるか、ユーザーが毎日何を作っているか確認
しなければならない。

そして板金,溶接までできれば、もうほとんどこのステンが作れる
のである。

犯罪を抑制するためには、様々な方策があると思うが、例えば真正銃を
求めるなら、海外で射撃体験する費用と、罰金,懲役とその間の不利益
を考えれば、どれだけ馬鹿な事か、は判ると思うのだが。

もし、費用対効果(不利益)ではない、というなら、それは子供の反抗期
と同じ(子供の場合、自我の確立に意味があるが)、社会に対する反発心
だけ、ではないだろうか。

武器に対する法制が間違っている、個人の武装する権利を日本でも保障
すべきだ、というなら、国民の同意のもと、過半数の国会議員の賛成を
得るべきだ。

法改正に依らず、自ら法を破るのはテロと同じであり、逆効果しか
呼ばないと思う。

常々銃=悪、ではないと言い続け、武器を無くせば平和だ、とかいう妄言
に苦言を呈してきた身としては、またガンファンの肩身が狭くなるような
今回の事件は残念でならないし、犯行に対しては強い怒りを覚えるが、
一方で悪用する人間の罪を、全く意志の無い、未来ある生産技術に転嫁し、
萎縮させることの無いよう、冷静な判断を願うものである。

sten/13

今回もまた脱線してしまったが、長い話にお付き合い頂き感謝。
最近毎度のことで申し訳ないが、更新が滞りがちになってしまっている。
しかし次回記事も鋭意作成中なので、また宜しく。

参考文献;月刊Gun 2008年6月~2009年12月号、2011年2月~6月号
      GunProfessionals 2014年6月号

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今回はコルトのパーカッション(雷管)式リボルバー(回転式拳銃)、
ドラグーンモデルを。

m1848/01

〔概要〕
ドラグーンモデルは、1848年から再生なったコルト社で生産され、
米軍の制式を得た.44(インチ)口径で6連発の拳銃である。

前作であるウォーカーモデルから大幅に軽量化(約300g)されたが、
他にも機能、生産性を高めるための改良がなされ、またドラグーン自体も
改良が繰り返され、現在そのバリエーションは大きく3種類に分けられて
いる。

ドラグーンとは竜騎兵、火器を持ち馬に乗る兵士のことを指すが、軍隊
でもモータリゼーションが進み移動手段に馬が使われなくなるのに従い
余り用いられなくなった用語だ。

しかしフランス軍には、まだ竜騎兵落下傘連隊があるという。火を噴く
竜の名は、一種の名誉称号かも知れない。

〔1/6〕
今回は先に1/6を。今回の16モデルは、ビギンネットワークス(制作は
バイスらしい)が松本零士アームズコレクション 07として出したもので、
グリップには髑髏マークが付けられている。

m1848/02
附属の箱に入った状態(左)と、取り出したもの(中央)、そして1/1(右)は
HWSのモデルガン。


この松本零士アームズコレクションでは、うちでもグラビティサーベル
コスモドラグーンを取り上げたときに紹介しているが、このドラグーン
モデルがコスモドラグーンのもとになったらしい。

〔1/1〕
ドラグーンモデル(M1848) サードモデルはHWS(ハートフォード)
が2010年に発売、今回登場させているファーストも、セカンドも
そのあとバリエーションとして発売され、最近サードモデルが2013年
特別仕様として再発売されている。

各モデルの違いについても、HWSのホームページで詳しく
解説されているので一度検索,参照されたい。

〔過渡期的なモデル〕
ではウォーカーモデルと比較して各部を。
まずシリンダー(回転式の弾倉),バレル(銃身)を短くしている。
シリンダーは軽量化だけでなく、ウォーカーでは火薬量が多く入り過ぎ
(オーバーロード=過剰な装薬)、壊れるといった事例が多くあったこと
に対する措置でもあったという。

またグリップ前方がフレームに食い込むような形を真っ直ぐにカットし、
加工性,生産性を上げている。

m1848/03
ウォーカーモデル(左)とドラグーン(右)。どちらもHWSのモデルガン。

ローディングレバーは先端でロックされ、ホルスターなどに入れるとき
にも引っ掛かり、開いてしまうことが無くなった。

m1848/04
ウォーカー(左)とドラグーン(右)のローディングレバー。
このレバーを下に下げ、弾丸をシリンダーに押し込む。


トリガーガードは後部が垂直になった所謂ドラグーンタイプだったが、
3rdモデルではラウンドに改められている。

m1848/12
M1860(左 CAW モデルガン)とドラグーンでトリガーガードの比較。
赤い矢印で示した部分が直角(それ以上)になっているのがドラグーンタイプ。


トリガ-ガードとバックストラップは真鍮が使われているが、これは鋳造
が可能だったため生産性が高かったこと、手が比較的長時間触れており
鉄では錆びやすいため、かも知れない。

これもウォーカー,M1860ではバックストラップが鉄、後のカートリッジ
式では両方鉄になっており、このあたりも様々な組み合わせを試していた
過渡期、だったのかも知れない。

m1848/06
ウォーカーモデル(右)とドラグーンモデル(左)で、グリップフレームの比較。
どちらもHWSのモデルガンだが、ウォーカーは亜鉛性だがガンブルー仕上げのグリップフレームで、
実物の鉄製を模している。

また、グリップ上前方がウォーカーモデルではアール状で、フレームを少し抉ってフィッティング
させているのが再現されている。


また、以前M1861のときに取り上げたが、シリンダーストップスロットは
このドラグーンモデルのときにガイディング・グルーブ(ストッパを導く
ための抉り)が設けられた。

手持ちのドラグーンはこれが採用される前のファーストモデルで、
長円形のスロットになっている。

m1848/05
ドラグーン ファーストモデル(上)とM1860(下)で、シリンダーストップ
スリットの比較。 赤い矢印で示しているのがそれ。


ドラグーン,ウォーカー両モデルはバレル先端部が円形断面、基部が
大きく面取りされた直線状だが、M1851になるとバレルはオクタゴン
(八角形)で、M1861(M1860も)では円形断面となっている。

ドラグーンのバレルは基部と一体のようなので、変更は生産性の向上が
目的のようだ。

m1848/07
ドラグーン(左 HWS)、M1851(中央 CAW)、M1860(右 CAW)で
バレル形状の比較。
ドラグーンは前方が円形、後方は四角に面取り、M1851は全体が八角形、
M1861は円形の断面で後部もアール状(ラウンド)だ。


オクタゴンバレルはコルトの第一作、パターソンで既に採用されていたが
ラウンドを試したのは軽量化と、やはりラウンドのほうが携帯時も含めて
角がないほうが人間の体に馴染むから、かもしれない。

m1848/08
ドラグーンモデル(左)とパターソンモデル(右)。どちらもHWSのモデルガン。

全体のラウンド化まで逡巡があったが、パーカションリボルバーの完成形
といえるM1860,M1861でバレル全体の角を丸めるのに成功している。

ドラグーンのあと、コルトはシルバースチールという新素材を採用、
シリンダーにフルフルーテッド(軽量化溝を前後通して加工)、
ステップド(段付き)を試し、カートリッジ式で途中までフルーテッド
加工、というスタイルを確立する。これらも軽量化と強度、加工性の
バランスを考えて進化していったものだと思う。

m1848/09
M1860ショートモデル(左 HWS)、M1860 8インチモデル(中央 CAW)、
ドラグーンモデル(右 HWS)。
M1860ショートには初期に作られたフルフルーテッド、M1860には後部が少し
細くなっているステップド、そしてドラグーンはストレートのシリンダー形状が
再現されている。


作りながらの改良、と言えば印象が良くないが、これは競争の中、市場の
反応も反映しながら絶えず改良を繰り返すことで商品性を高めていった、
ともいえる。

また、コストダンなど利益拡大の面もあったかもしれないが、より軽く、
確実な作動など、性能向上を厭わなかったことも、好調な販売成績の
もととなったのかも知れない。

〔コルトは軍に依って立つ存在だったのか〕
ドラグーンモデルは22000丁ほど作られたらしいが、軍に納入されたのは
9000丁あまりだったという。

パターソンモデルの売れ行き不振から一度は閉鎖に追い込まれたコルトが
再生できたのは、軍の注文があったためで、その後社長のS・コルトは
コネチカット州義勇軍大佐に任じられるなど、軍ベッタリの印象があるが、
これはセールス上の演出で、1848年同時に発売したベビードラグーンは
2年間で15000丁と、同時期のドラグーンが7000丁あまりだったのと
比べると倍以上である。

再生したコルトは、.44口径のウォーカー,ドラグーンに対し、.31口径
のベビードラグーンやM1849ポケット、そしてM1851の.36口径の
三本立てのバリエーション展開を考えており(M1851も1847年には
出来ていたらしいが、発売を遅らせたらしい)、しかもその後M1849
ポケットが累計32.5万丁、M1851は21.5万丁(更に当時のコルト
ロンドン工場でもこれらが製造、販売されている)桁違いに多く
作っている。

m1848/10
ドラグーンモデル(左 HWS)とM1849ポケットモデル(右 CAW)。
M1849はM1848ベビードラグーンのバリエーションともいえ、フレームサイズは同じだ。


m1848/011
M1851ネービーモデル(左 CAW)とドラグーンモデル(右 HWS)。

M1848の後継で.44口径のM1860は20万丁作られているが、これも
軍には5万丁しか入っていなかったらしく、確かにドラグーンの5倍の
数字だが、他のモデルの売れ行きに比べると、.44口径は.31,.36に
続く3位、ということになる。

軍用モデルは、大口の安定受注先というより、その信頼性の証しとして、
多分に宣伝の要素があり、実は世情を反映し最新の武器を求めた市民に
コルトは支えられ成長していったのかもしれない。

思えば1836年にコルトがパターソンを発売したときに誕生した(先行した
アイデアは無かった訳ではないが)リボルバーは、その有用性はもちろん
存在自体まだ知られておらず、コルトはコストダウンもあるが認知,普及に
時間がかかる事を考えなかったために失敗したのかもしれない。

そして当時、多くのユーザーの手に握られていたモデルは.31,.36の
小口径モデルだが、やはりこの時期のコルトを象徴する存在は、この
巨大なリボルバー、ドラグーンではなかっただろうか。

m1848/013

毎年のことだがこの時期は忙しく、今回も更新が少し遅れてしまった。
次回は何をとりあげるかまだ未定だが、既に複数準備中なので、
また宜しく。

では今回はここらへんで。

参考文献;別冊Gun Part6 コルトのすべて

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今回は第二次世界大戦(WWⅡ)期を代表する、いやSMG(サブマシンガン
=短機関銃)を代表する存在といってもいいかも知れないほどの有名
モデル、MP-40を取り上げたい。

mp40/01

〔概要〕
MP-40はそれまで銃に標準的に用いられてきた木材を廃してプレス鋼板と
ベークライト(熱硬化型の合成樹脂、コンポジット(複合)材との記載も
ある)を用いて作られ、9mmルガー弾32発の大容量ボックスマガジン
(複列式箱型弾倉)、空気の圧縮を利用して緩衝,遅延機能を持たせた
テレスコピックタイプ(円筒引き出し式)のリコイル(反動)ユニット、
従来機よりコンパクトになる折りたたみ式のストック(銃床)など、多く
の斬新な特徴を持つSMGだ。

先に制定されたMP-38の改良型として作られ、ナチス政権下のドイツで
これらSMGは機動性と火力の大きさ(連射性能)を大いに発揮し、連合国
側が対抗のためステン,M3グリースガンを開発、大量生産して装備するなど
大きな影響を与えた。

mp40/15
タナカ ガスガンのルガーP08(左)とマルシン モデルガンMP40/Ⅰ。
手前にあるのが、9×19mmルガー(パラベラム)弾のダミーカート。
実銃ではSMG用には強装弾が使われたとも聞く。


〔1/1〕
モデルガンのMP-40は、金属モデルでMGC,中田商店(製造はTRC,
マルシン)、それを引き継いで改良したマルシンがああった。
その後、規制を受けてABS樹脂でマルシンが改良版を作り、これを後に
HW樹脂製(バレル=銃身は強度確保のためABSらしい)としている。

このマルシンのモデルガンは最も多く作られたとされるMP-40/Ⅰで、
ABSとHW共にキット化され、廉価版として普及している。

マルシンは、このモデルガンをもとにエアガン化、現在もガスBLKモデル
を発売しているほか、MP-41も作っていた。
エアガンでは、TOPが電動ガン、アサヒファイアアームズがガスガンを
発売していたほか、現在は海外製も入ってきているようだ。

今回登場させたのは、マルシンのABS製モデルガン。
MP-38,MP-40の特長である、テレスコピックタイプのリコイルユニット
や、MP-40/Ⅰになって改良された2ピースのボルトハンドル(コッキング
ピース=槓桿)も再現されている。

mp40/02
マルシン MP40/Ⅰとカートリッジ。
カートリッジは同社得意のプラグファイヤー方式。


mp40/03
リコイルユニット(左上)、ストック(右上)、ボルト後退位置のセフティ(左下)、
100/200m切り替え式のリアサイト。


〔1/6〕
1/6は各社から出ているが、F-Toysのワールドアームズコレクション
という食玩が充実している。
これは模型製作がドラゴンらしい。

機種はEMP,MP-41,MP-40,MP-38,MP-18(中身はMP28だと思われる)
そしてMP-40Ⅱという豪華なラインナップで、作りの細かさ、ボルト作動
やマガジン着脱可能など、内容も充実している。

シークレットはソビエトのPPshで、これはドイツ製モデルを期待していた
向きには意外かも。
このシリーズ、発売からもう長く経つがVol1が出たきりで、実質単発の
企画になってしまっている。

食玩では、現在も航空機や戦車が発売されているが、1/6の銃器はこの
シリーズ発売当時各社競って出てきたきり、で現在は全く出てこない。

もっとも、現在は1/6ミリタリーフィギュアの装備用別売りの製品があり、
金属を多用し更に凝った作りのライフルなどが、高価だが売られている。
MP-40も各社から出ており、今回使ったMP40/Ⅰも出所不明だが、
メディコムトイが出した「犬狼伝説 プロテクトギア 鷲尾 翠」に付属
していたものではないか、とも思う。

mp40/05
1/1と1/6で、MP-40/Ⅰ。 1/6は出所不明だが、全体にシルバー塗装が施されている。

〔前史〕
MP-40の起源は第一次世界大戦期のMP-18まで遡る。
当時銃架に据付けられた機関銃と塹壕による戦線の膠着を打破するため、
機動性の高いフルオート(弾倉に弾がある限り引き金を引き続けるだけで
連続して射撃できる)の銃が望まれ、ベルグマン社で開発されたものが
M-18として採用される。

開発にはテオドール・ベルグマン、ルイス,ヒューゴのシュマイザー親子、
オットー・ブラウスベッターなどが関わり、制式拳銃P08用の32連スネイル
(巻貝型)マガジンを使い、発射速度は350~450発/分と現代のSMGの平均
より低くされていた。

MP-18は個人携行かつ両手保持(脚による保持ではない)で使える軽量
小型さが特徴である。

従来のライフルと同じく木製のストック(銃床)を持ち、これがフォア
エンド(先台:一方の手で銃の先を保持するところ)を兼ねていたが、
このコンパクトさは当時の制式ライフルはもちろん、カービン(騎兵用
などに短くしたライフル)とも比較にならない。

MP-18の重量は決して軽くはないが、堅牢で機構もシンプルで泥などにも
強く、拳銃やそれにストックを付けたものより塹壕戦には適していた。

戦争終結までに配備されたMP-18は1万丁ほどらしいが、その威力に脅威
を感じた連合国は戦争終結後ベルサイユ条約でドイツにSMGの保有を
禁じた。

このためいったんドイツ国内でのSMG開発は止まったが、国内の大手銃器
メーカーは海外にダミー会社を設立、開発を続けたという。

H・シュマイザーはベルグマン社からハーネル社に移り、MP-18を改良して
MP-28(箱型弾倉,セミ/フルセレクター付き)を作る。
このMP-28はドイツ警察、武装親衛隊(SS)に採用された。

一方エルフルト・マシーネン(エルマ)社はハインリッヒ・フォルマーが
設計し製造していたVMPi(フォルマー・マシーネン・ピストーレ)の製造
権を買い、EMPとして生産を始める。

mp40/07
1/6で、先述のワールドアームズコレクションから
左からMP-28、EMPと出所不明のMP-40/Ⅰ。


EMPはバレルを覆うバレルジャケット、木製のストックなどMP-18と同じ
構成を持つが、バレルジャケットなどはMP-18のスタイルを求める向き
に応えて追加されたらしい。

しかし、EMPは内部に後のMP-38につながる特許機構、テレスコピック
タイプのリコイルユニットを備え、外観上もストック前方に独立した
バーチカル(垂直)グリップを持つ。

バーチカルグリップは発射時の銃の跳ね上がりをより抑制しやすいよう
考えられたものだが、MP-38では樹脂製とはいえフォアエンド形式に戻り、
兵士たちは勝手に?下方に向きを変えられたマガジンとそのハウジング
部分を握って射撃した。

この射撃スタイルが後にSMGの射撃姿勢として一般に知られるように
なったが、マガジン部に想定していない力を加えるため、給弾不良の
原因となる危険性も考えられる。

戦後の仏MATなどはマガジン部を握る前提でデザインされたが、やはり
独立したバーチカルグリップは反動制御に有用、ということでH&K 
MP5Kなどで復活、現在では取り付け,外しがワンタッチで出来るレイル
システムの普及に伴い、アサルトライフルでも標準的に使われるように
なっている。

mp40/14
これも1/6で、左上がブルッガー&トーメのMP9、左下はH&KのMP5K、中央はM4、
そして右がEMP。
赤い矢印で示したのがバーチカルグリップ、青い矢印はM4用を取り外したもの。


〔MP-38,MP-40の開発〕
1930年代半ば、ナチス政権下で秘密裏に再軍備のためのトライアルが
行われ、ラインメタル社、モーゼル社などのほか、エルマ社も参加する
こととなった。

エルマ社はEMPの機構をもとにMP-38を開発、これが制式を得る。

MP-38は木材使用の廃止、折りたたみ式のストックなど、MP-40に
つながるポイントが既に採用されていたが、軽量化のために機械加工で
多くのフルート(溝)を彫り、アルミ素材を使って軽量化していた。

フルートは製造に手間がかかるだけでなく、当時ドイツではアルミの材料
供給に不安があった。

軍は再軍備の時期的問題からまずMP-38を採用、生産配備を進めたものの、
次なる改良を既に指示していたのかもしれない。
すぐにMP-40が開発され、これが採用された。

MP-38,MP-40一連のシリーズにはエルマ社のあずかり知らぬところでSMG
開発の祖ともいえるシュマイザーの名が冠されることがあったが、MP-41
には関与したものの、MP-38,MP-40には一切関わっていないという。

MP-38,MP-40はMP-18などが鋼板に多数の穴を開けたバレルジャケット
を持つのに対し、バレル下に付けられた樹脂(アルミなどもある)製の
バレルレスト(レスティングバー=何かの上に置く際の保護材)を
設けている。

このバレルレストの前方は射撃時後方に動かないよう、引っかかるようにも
考えられている。

そして、MP-38,MP-40は、通常のライフルやMP18,EMPなどからボルト
ハンドルの位置が変更され、右手でグリップを握ったまま左手で引く形に
なっている。

これはマガジン交換も左手で行い、そのままボルトハンドルを引く、
というスタイルが考えられた為ではないだろうか。
このレイアウトはアサルトライフルの始祖、MP-43や戦後ドイツの
H&K製SMGであるMP5にも引き継がれている。

mp40/13
左からMP-28,MP-38,MP5。矢印で指しているのがボルトハンドル。

〔MP-38,MP-40のバリエーション〕
MP38,MP40にはいくつもの型が確認されているが、ドイツの首都陥落,
敗戦後の東西分裂により、資料が失われ、制式型番などが長らく不明
だった。

米国の収集家が呼び始めたという現在よく用いられる分類呼称では、
このシリーズはMP-38,MP-38/40,MP-40,MP-40/Ⅰ,MP40/Ⅱの
5つに大別される。
これらに加え、今回1/6で登場するMP-40-Ⅱなど少数作られたモデルも
存在する。

今回もこの分類,呼称に倣っているが、最近の研究によると、ドイツ陸軍
ヘーレス・オーベル・コマンドの管理,識別リストでは、MP-38,MP-40,
MP-40/Ⅰの3つしかないという。

MP40の改良は、生産上の問題だけでなく安全性向上にも及び、ボルト
ハンドルを2つの引き出し式の部品構成とし、外側を押し込むことで
ボルト前進位置でロックできるようになった。これでボルト前進位置で
携帯時に誤って落としても暴発の危険が無くなった。
MP-38も、回収されこの改修を受けている。

mp40/10
1/1で、ボルト前進位置でのセフティ機構。画像のように2ピースの外側を
左(機関部から外側へ)に引くと赤いマークが見え作動可能、押し込むとロックされる。


整理すると、MP-38/40はMP40のグリップフレームとMP-40のレシーバー
を組み合わせ、上記のボルトハンドル改修が施されたもの、MP-40/Ⅰは
MP-40のマガジンハウジングに異物を掻き落とすリブを追加、ボルト
ハンドル改良を施したもの、MP-40-Ⅱは左右にスライドさせてマガジンを
交換できるもので、現存する個体は極めて少ないという。
最終型のMP-40/Ⅱでは、テレスコピックリコイルユニットを廃し、
3本合わせだが単なるコイルスプリングのみとし、ストックのロックを
減らすなど更に省力化を図ったモデルだ。

mp40/06
1/6で、ワールドアームズコレクションからMP-38(左から1番目),
MP-40-Ⅱ(3番目),MP-41(4番目)と、出所不明のMP-40/Ⅰ(2番目)。


mp40/04
MP-38のボルトハンドル(左)と、MP-40-Ⅱの2列並んだマガジン。

〔マシンピストル〕
1980年代からだと思う(文献を片っ端から調べた訳ではない)が、主に
米国において、戦後生まれの“歴史を知らない”世代が、拳銃サイズで
全自動射撃が可能なものを指す用語として”マシンピストル”を用い
始め、この用法が現在一定の広がりを見せていると思う。

しかし、そもそもSMG発祥の地(伊のビラール・ペロサは弾こそ拳銃用
だが個人携行,運用できないため、SMGの分類に入れられていない)、
ドイツでの呼称がマシーネンピストーレ(マシンピストル)であり、
型式のMPはその略である。
これはH&K社のMP5シリーズなど、現代でもドイツ軍制式名として続いて
いる。

またSMGの開発当初から、拳銃を全自動化する試みは行われており、
ルガーP08を全自動化したものがMP-18開発時には試作、検討されて
いたし、スペインあたりでモーゼルミリタリーをフルオートにしたものが
好評だったため、本家モーゼルでも塹壕戦用の改造カービン案をもとに
M712と呼ばれる全自動モデルを作っている。

米国ではマシーネンピストーレをサブマシンガンと呼んでいた、という
事情もある(ピストル弾=サブキャリバー)が、この”マシンピストル”
という呼称は拳銃派生(改造)型に限るとする者と、Vz61やイングラム
M11などのような専用設計型、MP5KのようなSMG短縮型まで含めるとする
者があり、更にストックの有無、脱着式など非常に大きな違いがあるもの
をどこまで含めるか、全長でどこまでなのか、定義がはっきりしない。

ソ連のスチェッキンにしてもAPS(Avtomaticheskij Pistolet
Stechkina)であり、(カタカナ)英語ならオートマチックピストル
である。

米国の規制内容でも、全自動,短銃身(16インチ以下),サプレッサー
(サイレンサー)などを対象としており、SMGと”マシンピストル”を
分けていない。


WWⅡ期、ドイツのMP-38,MP-40は連合国の大きな脅威となり、米国
では少数しか装備していなかったトンプソンを大慌てで増産、省力化を
進めたがそれでも追い付かずM3グリースガンを作った。
英国のステンに至っては正に急ごしらえで、下の画像のMkⅡ型などは、
ストックはパイプに鉄片をくっつけただけの簡単なもので済ませている。

mp40/08
1/6で、左からMP-40/Ⅰ,米M3A1グリースガン,英ステンMkⅡ,露PPsh-41,
米M1921トンプソン。


戦後、もともとSMGを軽視していた連合国側は戦時中の大増産を忘れた
かのような態度に転じ、SMGは冷遇され、一旦用済み、もしくは後方や
予備の装備、といった扱いになる。

これにはアサルトライフルの台頭で、手動,半自動の装弾数の少ない
ライフルと共にまとめて一機種でカバーできるようになったから、
という理由が語られることが多い。

しかし、ドイツからH・シュマイザーを連れてきてAK47の開発を進めた
ソ連に対し、米国をはじめとするNATO諸国に採用された.308弾の
ライフルは全自動射撃はきつく、その命中率も低かった。

その後米国は同じくドイツが先んじて試み、断念した反動の少ない小口径
高速弾を限定使用から全面配備に切替え、M16(後のM4カービンも)で
ようやく本格的なアサルトライフルへと舵を切る。

ようやく”使えるアサルトライフル”を得た米国だが、1970年代に入り、
テロ対策として警察等が跳弾の危険性の低さなどに注目して欧州がSMG
の運用を進めたことに呼応し、SMGも再評価、装備が進む。

そしてこのあと、米国流の”マシンピストル”の概念が生まれたように思う。

”坊主憎ければ袈裟まで”ではないが、”優秀なゲルマン民族が世界の
支配者になる”というナチスの主張を受け入れられない米国の反発心が、
SMGやアサルトライフルの優秀性を無条件に肯定することを拒んだために
西側諸国の軍備に少なからぬ混乱,無駄を生む逡巡につながった
(もちろん勝った我々のM1ガーランドから、大きく変える必要は無い、
という慢心も考えられるが)のかも知れない。

そしてドイツ人ではなく我々が、という思いがアサルトライフルでは
扱いにくい.308弾の制定、SMGの排除、そして新しい”マシンピストル”
の概念を広めた、とすれは、これも立場を変えた”自らの思想,信条への
矯正,浸透”なのではないか。

もちろん、ヒューゴ・シュマイザー,ヒューゴ・ボーチャード,ルガー
P08など”日本語”として米国流が定着した例は多く、一般的でない
ロシア語、アラビア語など何でも現地の呼び、では言葉の元々の意味、
意思の疎通の点で不都合もある。

しかし紛らわしく、そもそもが間違いともいえる”マシンピストル”
という語は、個人的には使うべきでないと考えている。

逆になぜ”マシンピストル”がこれだけ普及してしまったのか、日本
では情報源が米国に偏っている、というだけでなく、以前書いた話の
ように受け手の”判断力”が問われているのかもしれない。

”自分達が特別”という宗教や思想は、そもそも幻想であり、それぞれ
平等に人間としての権利を認めるべきだが、またその一方で”信じる
ものが違う”者達の手になる文明(技術,発明)や文化でも、その価値
を正しく認める、ということは、”自由と平等の国”アメリカにおいて
さえ難しいことで、正にこの独善性は人間の性なのかも知れない。

銃器の世界では、SMGの再評価に止まらず、今度は拳銃弾より遠距離
に対応し、進化した防弾装備にも有効な小口径高速弾をコンパクト
なものに、というPDW(パーソナルディフェンスウェポン=個人防衛用
火器とでも訳すべきか)の概念が提唱され、一部で使用が進められて
いる。

既に”マシーネンピストーレ-40”は過去のものとなったが、その姿は
今見ても洗練されており、大きな影響を与え、そしてこれからも範と
なるべき多くのものを持っている”忘れてはならない”マスターピース
ではないかと思う。

mp40/09

この時期はいつも忙しく、また少し間が空いてしまったが、ネタ的には
まだまだ充実しているので、是非次回も期待して待って頂ければ。
では今回はこのへんで。

参考文献;月刊「Gun」1979年7月号、1989年8~11月号

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明けましておめでとうございます。

14ny01

本年もこのブログ共々、宜しくお願い致します。

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まだちょっと早いかもしれませんが、12月ということで、
きょうはこのカットを。

2013Cr01

年内はこれで失礼しますが、また来年も宜しく!

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今回はスミス&ウェッソン(S&W)社が市販最強奪回を目指して作り上げた
リボルバー、M500を。

swm500/01

[概要]
M500は市販最強を標榜するリボルバー(回転式拳銃)だ。
最初に作られた8-3/8インチバレル(銃身)付きのモデルでは重量が2kg
を超え、”44マグナムの3倍”とも言われる強力な.500マグナムの非常に
強いリコイル(反動)など、人が扱える限界を超えている面があるが、
”最強”ファンの所有欲をかきたて、人気を博した。

[1/1]
今回の1/1モデルはタナカ製で、8-3/8インチバレル付きがモデルガン、
3(1インチのコンパンセイター除く)インチモデルはガスガンだ。

swm500/15
タナカ m500でモデルガン(上)の8-3/8インチモデルと3(3+1)インチモデル。

swm500/04
タナカではモデルガンはもちろん、ガスガンでもガスタンクをシリンダー内に持ち、
グリップは実物用が装着可能となっている。
サイズはこれも実物と同じだが、S&WのKフレームラウンドバットと同じになっている。


タナカでは、この他に10.5インチ、6.5インチのハンターモデル、
2-3/4インチでコンペンセイター(制退器)無しのES(エマージェンシー
サバイバル)モデルを作っており、それぞれHW樹脂のブラック、ABS製で
ステンレス風メッキ、ミッドナイトゴールド仕上げなどのバリエーション
がある。

[1/6]
今回の1/6は、ホットトイズのバイオハザードⅣアフターライフ アリス
フィギュアの付属品だと思われる。
すると、同じフレームでもバレルが(コンペンセイター付きで)5インチ、
口径が460のM460XVRとなるが、口径とバレル長が違うのみなので、
これを登場させてみた。

swm500/02
タナカの3インチとホットトイズ4インチ(共に1インチのコンペンセイター付き。

モデルアップする際、5連発のところ6連発と間違え、またシリンダー
サイズが少し小さい、グリップ後方にバックストラップが通っている
など、従来のNフレームの要素を誤って取り入れたように思われるが、
コンペンセイターの形状などから、Xフレームを再現していると思われる。
シリンダーが可動するほか、スイングアウトが可能で、ハンマーも可動で、
コッキング状態が再現できる。

[最強の歴史]
拳銃で強力な弾薬を、というチャレンジはもともとその発生時から、
かもしれないが、1934年、S&Wはライフルのマグナム弾の概念を拳銃に
持ち込み、.38スペシャル弾のケースを延長し、2倍近いパワーの.357
マグナム弾を開発(カートリッジはウィンチェスターの開発)、同社の
リボルバーに採用した。

これはハンティング時のバックアップ、それに当時の防弾チョッキを
貫通する能力から公用でも使われ、現在も広く普及している。

更にS&Wは1956年、当時市販では最強となる.44マグナム弾を使う
リボルバー、M29を発表している。

M29は登場当時、一部のビッグゲームハンターや好事家が入手するだけ
だったらしいが、その後、映画「ダーティ・ハリー」や「タクシー
・ドライバー」などで使われ、”世界最強”の拳銃は、一気に知名度が
上がり、セールス的にも大きな成功をもたらした。

swm500/03
M500(左)とM29(右 タナカ ガスガン 6.5インチ)。

.44マグナムはその後、スタームルガー社やトーラス社などでも採用
されたが、その後、より強力なカートリッジとして.454カスール弾が
フリーダムアームズのM83に採用され、これにスタームルガーの
スーパーレッドホーク、トーラスのレジングブルなどが続く。

また自動装填式でオートマグ、ウィルディ、グリズリー、デザート
イーグルなども登場、グリズリーが.45ウィンチェスターマグナム弾で、
そのあとデザートイーグルが.50アクションエクスプレス(.50AE)弾で
44マグナムを凌いでいる。

swm500/16
左から、デザートイーグル50AE(ハドソン モデルガン)、スーパーレッドホーク.454カスール
(タナカ ガスガン)、M500。


これら以外にも、.500ラインバーを使う拳銃が作られたが、これは弾が
カートリッジメーカーの市販には至っていない。
このように”最強の拳銃”は一定の需要を得、メーカーもそれぞれ開発
していたが、強い反動は撃つ射手を選び、いやもう既にパワー競争は
人間の限界を超えている、という側面もあり、逆にパワーを抑えた
.480ルガー弾なども開発されている。

これらの相次ぐ強力カートリッジに対し、.44マグナムは発売当初の色物
的扱いから、山歩きの際に携帯する護身用などで一般化するまでに
普及した。

しかし、元祖”世界最強”とも言えるS&Wは、M29のバリエーションは作る
ものの、パワー競争からは一歩引いたスタンスをとっていた。

S&Wは一時英国資本となったが、米国資本に戻って、21世紀初めから
積極的に新製品の開発を始める。
この時期S&Wでは複数のプロジェクトが進行していたようで、今回のM500
以外にも、1911シリーズやポリマーオートのM&Pシリーズが前後して
発表されている。
そしてその計画のひとつに”世界最強”を取り戻す、というものがあった。

S&Wは、当時市販最強の.454カスールを超える.500マグナムをコーボン
(Cor-bon)社と共同開発し、これを使用するM500を2003年に発表した。

M500は新たに開発されたXフレームを使うが、大径カートリッジで必要な
肉厚を得る為に装弾数を5発と減らしている。

一方でシリンダー長などはまだ余裕があり、後に.460S&Wマグナム仕様の
M460XVRなども製品化されている。

M500は、ショットショーで発表すると、大きな反響を得て予想の数倍の
バックオーダーを抱えるほどの人気を得たという。

swm500/09
M500は5連発で、フレームにクレーン(シリンダーを支持するパーツ)を止めるディテント
(戻り止め)ボールを設けてシリンダー前方を止めている。


swm500/08
S&Wは以前、ハンマーノーズという部品がハンマーに付き、これが直接プライマー(雷管)を
叩いていたが、現在ではフレームにファイアリングピンを付け、これをハンマーで叩く方式に
改めている。M500は初めからこの方式をとっている。

また、このカットでわかるとおり、強度確保のためハンマー上部がかなり肉厚で、.500マグナム
のパワーの大きさが伺える。


swm500/07
これも最近の機種では標準となった、キーロック。
タナカでも実物と同様、キーロックが付属し、機能する。


swm500/12
トリガーの内側は肉抜きされている。
S&Wは大型の鍛造機を持ち、型鍛造でフレームなどを作っていたが、この形状から、
実物でも、トリガーなどはキャスティング(ロストワックスか焼結)を採用している
可能性がある。


登場当時、反動を軽減する目的のパワーポートが3つの長穴が上方にある
だけのもの(今回のタナカ 8-3/8インチモデルの形)だったが、
3インチ登場時に弾頭の種類に合わせた1インチ長の2種類の交換式
コンペンセイターが付けられ(今回のタナカ 3+1インチがその外観を
再現)、その効果が高かったために、8-3/8インチにも採用されるように
なっている。
swm500/06
制退器の比較。
8-3/8インチ用8左)は上部だけに穴が空いたパワーポート。
3インチ用は側面にも長穴がある。実物では、上方にも穴があるが、このトイガンでは
それは省略されている。


更に、2-3/4インチの短いESも作られているが、これにはコンペン
セイターは付属していない。余りに短い銃身ゆえ、初速が低く(通常
拳銃のサイズでは銃身の長さと初速は比例)、反動が抑えられている
のかも知れない。

[威力の減衰?]
”M500は初速こそ高いものの、その後すぐに弾速が落ちてしまい、結局
.454カスールと大差ない威力となる”とか、更に”20mを超えるあたり
では.44マグナム弾とそれほど違わない”などの記述がネット上で
見つかる。

しかし、月刊Gun誌上では15mで貫通力テストを行い、ハードキャストの
440gr(グレイン)で7/8”厚の松板16枚を抜いて高い貫通力を証明して
いる。
更に、弾薬メーカー ホーナディ社のサイトでは、.各種弾薬の各距離での
エネルギーを掲示しており、これによると.44レミントンマグナムは
300grの弾頭でマズル(銃口)1195J(ジュール)、50m時1048J
(14%ダウン)、
.454カスールは同じ300grでマズル2459J、50m時1918J(28%ダウン)
である。

対して.500S&Wは同じ300grでマズル3435J、50m時2385J(44%ダウン)
とあり、確かに減衰は大きいものの24%ほど.454カスールを上回っている。

swm500/13
各種カートリッジをダミーカートで比較。
左から、.44マグナム、.454カスール、.50AE(アクションエキスプレス)、.500マグナム。


減衰が大きいのは口径が大きい=空気抵抗を受ける面積が大きいこと、
初速が高いことによるものと思われる。

近いものでは20ゲージのショットガン用スラッグ弾が、マズル3349J、
50m時2441J(37%ダウン)となっている。

その半面、ノックアウトパワーファクター
(KOPF 弾丸重量(gr)×弾速(fps)×口径(inch)÷7000)では口径にも
比例するため、.500マグナムは有利になる(KOPFが本当に標的に対する
ダメージを表わしているか、はまた別問題だが)。

もちろん、このデータは平均値だと思われ、相互誤差はもちろん存在し、
またそれぞれ銃身長はもちろん、メーカーの違う銃から採ったはず
(同一メーカー,機種で全ての弾を撃てる銃などない)、
更に弾薬メーカー(火薬,弾頭)の違いもある。

.500マグナムでは300grより重い、440grなどの弾頭があり、それを使えば
エネルギーの減衰率は下がる(エネルギーが同じなら初速が下がり、
空気抵抗は減る)ので、更に有利となるはずだ。

ともかく、.500マグナムは拳銃の有効射程範囲なら、.454カスールを
上回っているといっていいと思う。

このような否定的伝説?が生まれるのも、やはり.500マグナムに対する
“特別の感情”があるのかも知れない。

[オーバーキル]
以前、.44マグナムでオーバーキル(過剰防衛)が叫ばれたことがあった
が、長物(ライフル,ショットガン)はその数倍のパワーがあり、米国
などでは認められなかったと思う。

M500を対人用に使うのは、デメリットの方が大きい(反動が大きく、
弾数も少ない)為考え難いが、ショットガンでも自衛は認められている
以上、今更このパワー自体が問題になることはないだろう。

現在.500マグナムはライフルでも採用例があり、ショットガンの
スラッグ弾や他の大口径マグナムライフルよりマイルドなリコイルで
支持を受けているとか。

大体、死亡件数では圧倒的に.22LR弾が多いらしく、またライフルで
撃たれて生還した兵士の話があるように、パワーだけで規制しても
実効性は疑問がある。

M500登場後、更に強力な拳銃は出てきていない。むしろ、これより低めの
パワーで制御しやすいものを模索する動きが出てきているという。

もっとも、Xフレームはそのシリンダーサイズから、更にパワーを上げる
ことも前提にしておき、他者をけん制するつもりもあったのかも知れない。

swm500/05

このところ余り時間が取れず、次回はクリスマス、年始(画像だけの更新)
に入ってしまうかもしれないが、また次回記事を気長に待っていただけたら、
と思う。

では今回はここらへんで。

参考文献;月刊Gun 2003年7,8,9月号、2006年2月号

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今回は米国のゼネラル・パーパス・マシンガン(多目的機関銃)M60を。

m60/01

[概要]
M60は米国で1957年に制式化された機関銃だ。
鋼板プレスで多くの部品が作られ、金属リンク(M13)で7.62mmNATO
(.308)弾をベルト状につなげて弾帯とし、給弾する。
ターンボルトガスオペレーション(発射ガス利用で回転閉鎖式の尾栓を
開放する)構造、バレル(銃身)はレバー操作のみで外せ、容易に交換
可能となっている。
標準型はバイポッド(二脚)を持ち、一名で携行,運用できる。
車載用では専用の銃架にマウントされ、またトライポッド(三脚)を
付けて、据え置きとして使用される。

このM60の開発について、今回いくつかの記事を調べてみたところ、
かなり違いがあり、情報が錯綜している状態ではないかと思われる。
そこで今回はここから生じる疑問点を考えることをメインにまとめて
みた。

[1/1]
それでは今回の実物大トイガンを。
トップが作っていた(現在は廃版)もので、本体上部のフィードカバーを
開け、そこにBB弾を装填する電動エアーガンである。
m60/03
これはデラックス版で、フラッシュハイダー(銃口に付ける消炎器)が
鉄製の切削部品、リアサイト(照尺)が可変、バイポッド(二脚)高さも
可変になっている。

m60/13
トリガー(引き金)とその後方のセフティレバー(安全装置)は実物同様
の機能をもっている。

電動ガンなので、チャージング(装填)ハンドルなどは操作できるが
ダミー、フォアアーム(先台)に充電式の電池を入れて使用する。

また、リアサイトの前に実物には無いホップ調整ツマミが露出しているが、
これは分解なしに操作できるよう配慮し、敢えて変更しているようだ。

m60/12
トップのM60で、リアサイト、キャリング(携行)ハンドル、バレルロッキングレバーの配置を。

[1/6]
今回の画像比較は主に(高価かつ制作されているモデルが少ないので)
1/6で行った。
そのため、実は主役ともいえる1/6モデルだが、いつものように単品
入手で出処は定かでない。
柔軟性のある素材で作られた弾帯が付属し、バイポッド,リアサイト,
キャリングハンドル,フィードカバー,チャージングハンドルなどが
可動する。

一応ドラゴンではないか、と推定しているのだが。
m60/04

[開発の経緯]
WWⅡ(第二次世界大戦)中の1943年から、米軍用新マシンガンの開発は
始められ、入手した独のMG34をテストしている。

当時、米軍は布製ベルト給弾式のM1917,M1919を使っていた。しかし、
水冷式のM1917は現地で水の確保も必要であり、重く、機動性に劣る。
これを空冷式に改良したM1919でも、やはりまだ個人で携行,運用する
のは難しいため、箱型弾倉を持つBAR(ブローニングオートマチック
ライフル M1918)で補っていた。

BARは個人携行できるが、交換式とはいえ装弾数が20発と少なく、
継続的に火力支援を行うことは難しい。

m60/05
1/6で、WWⅡ期のマシンガンとM60。
M1917はトライポッド,水タンク付き。
画像のM1919は本体のみだが、バイポッドやトライポッドを付けて使用する。


これらの機関銃を統合し、独のMGシリーズのように、軽く多くの弾が撃て、
個人携行から車載まで多目的に使用できるものが求められていた。

しかしMG34は生産性,耐久性に劣ると米軍は判断した。独ももちろん
MG34の欠点を認識しており、改良型のMG42を開発している。

m60/06
これも1/6で、MG42(左)とM60(右)。
どちらもバイポッドを開いているが、MG42がバレルジャケットについている
のに対し、M60はバレルに直接付いている。
また、どちらも金属リンクを用いた弾帯を使用するが、MG42はドラム状のボックス、
M60はMk43(後述)に付属してきた紙製ボックス+布ケースに収納したものを付けた。


m60/10
左からMG42、M60、M1919で、フィードカバーを開いた状態の比較。
M1917,M1919も、布製の弾帯を使うがフィードカバーを空けて弾帯を取り付け、
射撃準備となる。


MG42が手に入ると、そのプレス加工を多用した生産方法、ベルト給弾
システムを利用する方向で開発方針が決まり、まず当時米軍制式の
30-06弾に改めただけのMG42を検討、乗用車メーカーのゼネラル・
モータース社に改造を依頼したが、予定より遅れ、結局USアーミー
オードナンスで組み立ててアバディーンで試験したという。(月刊Gun)

M60/09
また1/6だが、M60(左)とM3A1グリースガン。
M3A1はWWⅡにゼネラル・モータースで開発された、プレス鋼製のサブマシンガン。


この時期は1943年末、改造MG42は、T24と名付けられ、ヒトラーの
電気鋸と呼ばれたMG42の高速な発射サイクルは600発/分まで
落とされたという。

この試験結果については諸説あるが、戦争終結までとりあえず新型
マシンガンの開発はストップし、戦後これも独のFG42のガス
オペレーション機構を取り込みT44という試作品を作る。

m60/07
更にこれも1/6で、M60(左)とFG42。
給弾方式とバイポッドの取り付け位置が違うが、バイポッド,フォアアーム,
独立したグリップの配置はMG42よりM60に近い。


FG42の機構は米国のルイス機関銃から採られた、とも言われ、つまり
相互にコピーしあって改良が進んでいたようである。

その後、ブリッジ・ツール&ダイ社のT52,T52E1と試作が続くが、
次のゼネラル・モータース・インランド・ディビジョン社のT-161計画に
統合され、1957年、新たに制定された.308弾仕様とした試作銃T161E3が
M60として採用され、民間のサコー社で大量生産されたという
(オールカラー軍用銃辞典)。

同年、米軍は主力ライフルもM1ガーランドからM14に変えており、
.308弾で統一が図られている。

m60/08
後方が1/1の弾帯、ダミーの.308弾(2発)、そしてM13金属リンク。
他は1/6で、左端がMG42用のドラム、手前の2つがM1917,M1919用の布製弾帯、
中央の緑色の布製はMk43用の弾薬箱にM60用の弾帯を入れたもの、
その右にあるものがMk43用で付属してきたメタルリンクが別体で可動する
精密な金属製弾帯、
右の黒い箱はMk43用、緑の箱はM1917用(30-06)の弾薬箱。


[開発元はどこか]
さて、疑問の一つだが、制定までにどこが開発を行ったか、各情報で
かなり異なるのだ。まず各説をそれぞれまとめてみた。

月刊Gun〈1978年12月号 国際出版〉によれば1943年からU.S.ARMY 
ORDNANCE CORPS(米陸軍武器科)が独のMG34を米軍用新機関銃開発
の手がかりとしてテストしたことになっている。
この記事を書いたのはタークタカノ氏で、参考資料として
Small Arms of the World Smith&Smith

Guide to United States Machineguns 
by Konrad F.Schreier.Jrと記されている。

またオールカラー軍用銃辞典(改訂版)〈2007年 床井雅美著 
並木書房〉では更に踏み込んで
「開発の中心になったのは、スプリングフィールド造兵廠だ。」
(武器科の工場部門)とされている。
上述のようにブリッジ・ツール&ダイ社、ゼネラル・モータース社の
試作について言及され、制定後も、「初めスプリングフィールド造兵廠で
限定的に生産された後、民間のSAKO(サコ)社で総数約22万5000挺が
生産された。」としている。

対してウィキペディア日本版では、「設計・製造 サコー・ディフェンス 
U.S.オードナンス マーモント社」とし、「U.S.オードナンス社は、
サコー社から軍用M60と、その部品について許諾を受けた主要なメーカー
である。」と記している。

英語版では、マーモントが製造元から外されており、ネット上の別の
サイトでは、サコーのマーモントによって作られた(built by Marmont
in Saco)とされている。
マーモントが人名か部署,子会社かは相変わらず不明だが、サコーと
別ではない、というのが推定される。

リンクを辿るとサコーディフェンスは2000年にゼネラル・ダイナミクス
社に買収されたようである。

また外部リンクとして記されているU.S.ORDNANCE Inc.は、1997年
設立となっているが、これは国営の軍組織が民営化されたのか、は
調べきれなかった。とりあえずU.S.Armyではないようだが。

さて、果たしてどこまでが正解なのか、だが、同時期M1カービンやM14は
民間会社が軍からの要望に応えコンペ形式で開発している。

しかし、敵国のマシンガンを戦争中に入手して試験、更にメーカーの
サコーがゼネラル・モータースなど複数社を下請けにして共作させる、
というのも考えにくく、また、コンペなら両方却下されてから相手と
統合案を進める、というのも考えにくい。

何より、初期のT24,T44は習作ともいえるストレートコピーであり、
試作品番も軍が管理していたことを伺わせる。

やはり軍の主導でそれぞれが試作などを行ったのではないだろうか。

整理すると、開発はスプリングフィールドが主導し、T24,T-161の試作
にはゼネラル・モータース、T52はブリッジ・ツール&ダイ社が担当、
これらの成果を吸い上げたスプリングフィールドが形にし、制定後
大量生産はサコー(SAKOでなくSaco)が行い、この権利を今度は
USオードナンスIncが譲り受けた、というところではないだろうか。

[T24は失敗したのか]
戦時中の鹵獲品改造モデル、T24についてだが、Gun誌1978年12月号
によると試験結果は良好だったとされている。

しかし、WORLD GUNS Modern Firearms(ネット)によると、
7.92×57mm(8ミリモーゼル)の弾薬仕様なのを誰かが”忘れ”、
そのまま米の30-06(ケース長63.3mm)を使い、機関部尾筒が1/4インチ
短かったために失敗した、という。

長い30-06のカートリッジを短い薬室に突っ込めば(入ると同時に撃発
するので)、機構が閉鎖せず、ケースが破れ高圧の発射ガスが機関部に
噴出するだろう。

そもそも.30-06に合わせ弾帯の挿入部も拡大しなければ装填できない
はずで、当然バレル径も小さい30-06用が必要である。
そこで薬室を8ミリ用とするのは、”忘れる”というより間違いで、
しかも実射までチェックが働かなかった、というのはちょっと信じ難い。

他に、再設計の際にミリ規格とインチ規格の違いを無視したために、
細かい寸法が合わず、1000発程の試射で壊れた、という記述もネット
では見られる。

こちらも事実は、だが、T24は再設計して一から製作したのではない
ようなので、ミリ-インチ変換問題はバレルの取り付け部ぐらいしか
考えられず、やはり交換時にここをチェックしないまま実射試験した、
というのは考え難い。

また、部品を全て設計図から起し直すなら、全部インチで統一され、
相互誤差は単位のせいではないはずである。

以前M1カービンのところで述べたが、この時期ウィンチェスターで
急造の試作を成功させ、またグリースガンを大急ぎで完成させた同じ軍の
開発、にしては余りにもお粗末ではないだろうか。

米国は、”失敗も素直に明らかに出来る”体制、だったのかもしれず、
また担当したゼネラル・モータースは車屋、銃に詳しい訳では無かった
から、とも思えるが、インチ-ミリの規格については逆に欧州車との部品,
工具の違いなど”良くわかっている”はずで、この複数の失敗話は、逆に
”怪しい”と思うのは穿ち過ぎだろうか。

実は、MG42の閉鎖機構、ローラーロッキングは当時いくつかの理由で
コピーできなかったのではないか、とも考えられるのだ。

グロスフス社で開発されたMG42だが、ローラーロッキング機構は
ポーランドのエドヴァルト・シュテック(Edward Stecke)の特許を
採用、とされており、後にスペインのセトメがアサルトライフルで
ローラーロッキング(こちらはショートリコイル=銃身少量後退式では
なく、ここから発想を得たディレードブローバック=遅延吹き戻し式
だが)を用いたときも、特許の切れるまで生産できなかった、とも聞く。

当時ポーランドは敵である独の手に落ちており、とても特許交渉など
出来ず、またこれから情勢がどう転ぶか(実際戦後は東側に
組み込まれた)わからず、つまり技術の使用許可は可とも不可とも
つかない、誰にもわからない状態だったのではないか。

結局紆余曲折を経てM60が採用された1957年にはこの特許が切れた
ようなのだが、ともかくストレートコピーはまずい、という判断は当然
あったと思う。

更に、戦後ディレードブローバックに変えてローラーロッキングの量産に
成功したH&K社でもローラーの破損が問題となったことがあり、そして
現在は同じくローラーロッキングを採用していたSIG社も含めて他の
方式に乗り換えたようである。

ローラーロッキングのローラーは、モーゼルミリタリーやワルサーP38の
ロッキングブロックを簡単な形にしたものともいえるが、高温になり発射
ガスで汚れやすい環境で回転し高い圧力に耐える部品とするには、素材,
熱処理や精度管理も含め、かなり高いベースの技術、ノウハウが必要
だったのかも知れない。

また、MG42のコンセプトである高速の作動を実現するには、直線的
(ローラーは左右だが少量)に動くこの機構が必須、と独は判断していた
可能性もある。

対して、ハナから回転速度を落としたT24では、デメリットのみが
目立ったということかもしれない。

ともかく、戦後の動向を見ると、ローラーロッキングは自国で量産する
には技術的に難しい、もしくは従来のロッキングブロックや他の機構の
方がマシだ、と判断したとしてもおかしくないと思われる。

しかし、独で実用化に成功した最新機構を早々に”棚上げ”したために、
このような失敗伝説が生まれるもとになったのかも知れない。

m60/21

MG42のローラーロッキングはローラー(図のピンク色の部品)がロッキングピースによって
押し出され、チャンバー後部のリセス(溝)にはまってロックする。

対してM60のターンボルトはボルトボディのロッキングラグ(突起)がバレルソケットの
ロッキングカムに沿って動き(ボルトボディが90度回転して)、ロックする。


[改良]
M60はベトナム戦争などで活躍し、今も現役だが、発射で過熱したバレル
交換に際し石綿の手袋が要る、など操作上の問題があり、また弾薬の送り
に不具合が発生しやすいなど、米兵の評判は芳しくない、という記述も
見られ、改良も進んでいる。

元々、多目的(車載,据え置き,携行)を想定したバリエーションも
あったが、E1~E4(Mk43)までの改良版(E1は量産されなかったらしい)
が作られた。

m60/19
これも1/6で、Mk43 Mod0(M60E4)とM60。
Mk43はバレル短縮など軽量化が進められ、バイポッドで立てたままバレル交換が可能
(バレルに付いていない)、フォアアームには独立したグリップが付属している。


しかし、米軍はFN社のMAGをM240として採用し、また現在の制式ライフル
弾、5.56mmを使う機関銃もMINIMIがM249として採用されるなど、順次
置き換えが進んでいるという。

m60/02

独は戦後ラインメタル社がMG42を改良、MG3として採用した。
米国が諦めた”7.62mmのMG42”である。

もちろんMG3の登場はM60制定後のことであるが、M60、とりわけT24の
開発者は、このMG3を、どのような気持ちで見たのだろうか。

さて次回だが、現在市販最強のハンドガン、S&WのM500を、考えている。
それでは今回は、ここらへんで。

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